自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【511冊目】愛川晶「道具屋殺人事件」

道具屋殺人事件──神田紅梅亭寄席物帳  [ミステリー・リーグ]

道具屋殺人事件──神田紅梅亭寄席物帳 [ミステリー・リーグ]

絶対的に信頼を置いている本関連サイトというのがいくつかあって、本書はそのひとつである、聖月様の「本のことども」で絶賛されていたことから手に取った。ちなみに、ひところはまっていた(今もはまっている)ジェフリー・ディーヴァーもこのサイトで魅力を知って手に取り、はまった。

さて、その本書はタイトルで分かる通りいわゆる推理小説なのだが、とにかくユニークなのは「落語尽くし」である点。舞台は寄席、探偵役は落語家、謎解きのヒントは落語、真相は噺を聞いて明らかになるという徹底ぶりである。

ところが、これがちゃんとミステリーしているから凄い。落語をミステリーの道具立てとしているのではなく、ミステリーを味付けにした落語小説というわけでもない。落語の魅力をたっぷり伝えつつ、その中にしっかりミステリーの種を埋め込み、両者がまさに渾然一体となっているのである。

探偵役は二つ目、寿笑亭福の助。しかし彼はどちらかというと「ワトソン役」に近く、むしろホームズ役は、福の助の元師匠だがいまや半身が麻痺し、言葉を話すこともままならない馬春師匠。遠く館山で療養生活を送る馬春師匠が、福の助の話を聞いただけでたちどころに謎を解いてしまうのだから、むしろアームチェア探偵というべきか。しかし、言葉をうまく話せない師匠は文字盤で会話をするため、ヒントのような短い言葉しか出てこない。ここがこの作品のミソであって、メインの謎に加えて、馬春師匠のわずかな言葉をどう解き明かすか、という謎解きも加わる(しかも、こちらの謎はすべて落語がらみであるのがポイントである)。

ミステリーとしても上出来でありながら、落語の魅力や裏事情もたっぷりと盛り込まれた秀逸な一冊。特に落語家やその関係者ばかりのリズミカルで笑いにあふれた会話は楽しい。この本、確かに「当たり」であった。