自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2522冊目】エドワード・P・ジョーンズ『地図になかった世界』

 

地図になかった世界 (エクス・リブリス)
 

 

なんだかとんでもないモノを読んでしまった気がする。なんというか、この本の中に世界がまるごと入っているようなスケールの小説。『カラマーゾフの兄弟』や『白鯨』、『レ・ミゼラブル』級の世界文学として、この本は今後残っていくのではないだろうか。

舞台は奴隷制度の残るアメリカ南部。金を払って奴隷身分から脱却し、自由黒人となったオーガスタスとミルドレットのタウンゼント夫妻。だが、その子ヘンリーは農場主となり、黒人でありながら黒人奴隷を所有する。奴隷監督のモーゼス、身体が不自由なセレストと夫のイライアス、ラバに頭を蹴られて性格が変わってしまったというアリスら、ヘンリーのもとで働く奴隷たちを中心に、保安官のジョン・スキフィントン、113人の奴隷を所有する大農園主ロビンズ、バクチ狂いの夫をもつ自由黒人のファーンなど、膨大な登場人物の人間模様が描かれている。多くが血縁関係や所有関係(!)でつながっており、冒頭の「登場人物一覧」がなければ、途中で迷子になってしまいそうだ。

声高に黒人差別や奴隷制を糾弾する本ではない。だが、当たり前のように黒人が売り買いされ、言いつけに背けば鎖で繋がれ、鞭打たれる世界は、読んでいてとても冷静ではいられない。ある黒人女性は、本を読んでいたというだけで鞭打たれ、読んだ内容をすべて忘れるよう命じられる。別の男性は、自由黒人であるにも関わらず奴隷転売人によって道端から連れ去られ、一方的に売り飛ばされ、最後は射殺されてしまう(この転売人への処罰は、わずか5年の収監である)。奴隷を殺したり傷つければ「他人の所有物を毀損した」として罰せられるが、たとえば奴隷の黒人女性をレイプしても、それを罪に問う法律はない。

本書はそんな「奴隷のいる世界」を、奴隷自身の目線を交えて綴った叙事詩的な物語だ。そして、「訳者あとがき」で書かれているように、本書は旧約聖書を模して、あるいは下敷きにしている(奴隷監督のモーゼスにはモーゼが残響しているし、「ヨブ記」への言及は頻繁にみられる)。ひょっとすると著者は、黒人奴隷のための「始原の物語」としての「もうひとつの旧約聖書」を、ここに記したのかもしれない。

 

 

旧約聖書 ヨブ記 (岩波文庫 青 801-4)

旧約聖書 ヨブ記 (岩波文庫 青 801-4)

  • 発売日: 1971/06/16
  • メディア: 文庫