【2519冊目】北村喜宣『リーガルマインドが身につく自治体行政法入門』
冒頭の「小学校3年生の子どもに『役所って何をするところなの?』って聞かれたらどう答える?」という問いにまずドキッとする。あなたなら何と答えますか。
この問いから続く第1章「行政とは何者だ?」の説明がすばらしい。まず憲法がある。われわれは憲法のもとでさまざまな権利が保障されているが、実際の法律では、これが一部「抑え込まれて」いる。路上でモノを売るには許可が必要だし、建物を建てるにはいろんな規制をクリアしなければならないし、医者や弁護士など、一部の仕事に就くにはしかるべき資格が必要だ。憲法上の保障を100とすれば、法律ではこれが70くらいになる、と著者は説明する。
なぜそうなるかというと、権利というのは他の権利を侵害しない範囲で認められるからだ。これがいわゆる「公共の福祉」の基本原理となる。営業の自由だからと言って有毒物質を垂れ流されては困るし、ライセンスのない人が手術などされては困る。だから法律で制限をする。この法律で認められた70というのは、それ以上は認められないというのと同時に、この分だけは確実に保障されるという意味でもある。
ここで登場するのが行政だ。行政の役割には2つのベクトルがある。ひとつは「申請に対して判断をする」こと。申請とは、いわば法律で認められた権利を行使するプロセスだ。それに対して判断し、決定することが、つまりは法律の目的を実現することとなる。もうひとつは「過大な行使を是正する」こと。法律で認められた70を超えた権利の行使があったら、これを70に戻すことである。これらはいずれも、「法律によって保障された権利を100%実現する」ことである。
こういう説明は、今までありそうでなかったのではないか。行政の仕事の2つの方向性を的確に整理し、向かうべきビジョンを明示し、われわれの仕事が法律に基づいているという当たり前のことをしっかりと実感させる。さらに、憲法と法律の関係、公共の福祉の理念、政治と行政の役割といった、行政法の基礎のエッセンスも、ここから自在に展開できるのだ。
この章に限らず、本書がすぐれているのは、徹頭徹尾、著者自身の言葉で書かれていることだ。実際に目の前で講義を受けているような息遣いとダイナミズムが感じられる(ちなみに本書は、自治大学校での講義がもとになっている)。この手の本の中には、具体的な説明になると、突然条文の引用が連続したり、借り物のような生硬な文章になってしまうものも少なくないが、本書に限ってそんなことはない。
もうひとつだけ、感心した例えを紹介したい。分かりにくいと言われる「条例の上乗せ・横出し」について、著者はバックパックを引き合いに出す。今、自分がバックパックを背負っているとする。上乗せとは、そのバックパックにさらに重い荷物を入れるようなもの。一方、横出しとは、バックパックを背負っている人に、新しい荷物を持たせるようなものだと言うのである。
う~ん。うまい。感覚的に理解できるところがいい。まあこんな感じで、新人からベテランまでを対象に、行政法の考え方のエッセンスを学べる、イチオシの自治体行政法の入門テキストである。