自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1091冊目】川崎政司・小山剛編『判例から学ぶ憲法・行政法』

判例から学ぶ憲法・行政法

判例から学ぶ憲法・行政法

法律の勉強をしていて楽しいのは、判例として具体的なケースが登場する時だ。

無味乾燥な知識の羅列と見えていたものが、実際の事件や登場人物を得てリアルに動き出す。法が生身の人間や生活に適用されるものであることを、判例は思い出させてくれる。だいたい判例の名称(というのだろうか)だけでも楽しいではないか。「マクリーン事件」では在留許可を拒否されたマクリーンさんの怒り顔(どんな顔だか知らないが)が思い浮かぶし、「北方ジャーナル事件」では突っ走り気味のゴシップ誌の記者が、「板まんだら事件」では板きれに描かれた怪しげな図柄を拝む人たちが目に浮かぶ。本書で取り上げられた判例ではないが、文学好きにとっては「『宴のあと』事件」とか「『悪徳の栄え』事件」「チャタレイ裁判」「『石に泳ぐ魚』事件」あたりもなかなかツボである。

まあ、こんなところにイメージを遊ばせているからいつまでたっても法律については劣等生なのだが、そういうエセ法学徒にとってこういう「判例本」はなかなか面白い。本書は40の判例を取り上げ、それぞれについて憲法行政法それぞれの論点をピックアップして解説するという仕立てになっている。

いわば判例百選の憲法行政法横断型なのだが、百選ほど解説がマニアックでなく、かつ重要度の高い判例を絞り込んで、一つ一つをかなりしっかりと取り上げてくれているので、判例をもとに公法の理解を深めるにはうってつけのテキストとなっている。しかも、判旨だけではなく事案の概要もそこそこ丁寧に書かれているため、判例の「楽しさ」もしっかり味わえる。

だいたい、重要判例と言われるような事案には複数の論点が絡み合っているものだ。法律の教科書などでは、テーマごとに関連する判例が出てくるのでそのあたりが見えてきづらいのだが、本書ではそのあたりもよく見えるようになっている。例えば冒頭の「マクリーン事件」だけで、憲法の視点として外国人の出入国自由について論じ、さらにそこから展開して外国人の参政権公務就任権社会権など(つまりは「外国人の人権享有主体性」)にもそれぞれ一節を設ける。さらに「行政法の視点」として、「出入国管理行政」の制度と現状を解説し、そこで行われる「即時強制」と「在留期間更新についての裁量権の範囲」を論じる、といった具合に、判例自体で争点となっているテーマはもちろん、そこからの展開・拡張がきちんとなされている。結果として、判例を通して憲法行政法の全体像が見渡せるような構成となっているのである。

それにしても、同じ事件について関連する憲法行政法の論点を並べてみると、両者が本質的なところで似通っていることにいまさらながら気づかされる。民法や刑法など、通常の法律が国家→私人への規制や私人間のルールであるのに対して、憲法は国家に対する統制原理であるとよく言われる。行政法もまた、国家(もちろん地方自治体も含む)への統制原理であり、そのベクトルは明らかに国家へと向かっている。今さら公法・私法二元論でもないが、行政に身を置く者としては、たまにはこういうことを実感することも必要かもしれない。