自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2501冊目】後藤好邦『自治体職員をどう生きるか』

 

自治体職員をどう生きるか

自治体職員をどう生きるか

 

 

検索してもKindle版しか出てこない。なぜだろう。

 

著者の名前は初めて知ったのだが、ギョーカイでは有名な方なのだろうか。山形市の職員であり、東北オフサイトミーティングの発起人とのこと。ちなみに私より2歳年上だ。

 

この「読書ノート」を始めた頃に、こういう「意識の高そうな」本はよく読んだ。最初こそ憧れ、目標にしようと意気込んだものだが、そのうちにワンパターンな展開と主張にヘキエキし、いつしか敬して遠ざけるようになっていた。

 

そういうわけで、この種の本を手に取るのは本当に久しぶりなのだが、さすがに当時に比べれば書かれている内容と多少は距離が取れるようになっているようで、そのぶんいろいろ収穫があった。さらに、本書は30代の自治体職員をメインターゲットにしているようだが、だからこそ、その時期を過ぎたからこそ見えてくるものがある。もちろん自分と考え方が違う部分も多々あるのだが、それも含めて刺激的な読書になった。

 

例えば、著者は「ワーク・ライフ・バランス」ではなく「ワーク・ライフ・コミュニティ・バランス」を提案する。今や「公」を担うのは「官」だけではない。公務員も、プライベートでも地域に飛び込んだり、他の自治体の職員と知り合うことで、地域の実情やニーズを知ることができる、と。

 

賛成だ。仕事中だけが公務員、というつもりでいては、今の時代に地域を担うには到底間に合わない。私の場合、住んでいる地域と勤め先の自治体が違うので、著者のいうようなプライベートでの地域活動はできていないかもしれないが、その分、住んでいる自治体のことを具体的に知ることで、勤め先の自治体と比較することができる。

 

最近で言えば、特別定額給付金の申請書ひとつとっても、どこの自治体でも大して変わらないように見えて、それぞれに記入ミスを防ぐための別の工夫が凝らしてあって興味深い。あるいは、わかりやすいところでは自治体の広報だ。同じテーマを取り上げていても、デザインから記事の作り方まで、見事なまでに違っている。子どもが地元の公立小学校に通っていた時は、学校の活動に関わることで、やはり自治体間の違いを感じることが多かった。こうした経験は、自分の勤める自治体を相対化するのにずいぶん役立っている。

 

あるいは、著者は同業の他自治体の職員と交流を深め、様々な成果を生み出しているが、私の場合は「ISIS編集学校」という場で、職業も年齢もバラバラの人たちと知り合うことができた。その中には大学教授もいれば美容師も、主婦もいれば学生もいた。そこでの相互の学びもまた、自分にとっては途方もない財産になっている。あるいは、資格取得のため通った専門校でできた、福祉を学ぶ仲間のグループもある(最近は途切れてしまっているが)。こちらも自治体職員は少数派で、ケアマネから障害者施設の職員、ひきこもり支援に精神病院のワーカーなど多士済々だ。

 

ただし、個人的には、「ワーク・ライフ・(コミュニティ)・バランス」というと、仕事と家庭、地域活動を切り離しているようで、これはちょっとつまらない。むしろ私たちは「24時間自治体職員」なのではないかと思うが、どうだろう。もちろんそれは、ずっと仕事をしているという意味ではない(リゲインのCMじゃあるまいし)。そうではなくて、医者が常に医者であり、大工が常に大工であるのと同様、仕事をしていなくても、私たちは自治体職員なのである。そして、同時に私たちは(私の場合)、仕事をしている間も父親であり、自治会の役員であり、アマチュアの音楽家であり、社会福祉士なのだ。われわれは誰でも、そうした多くの役割が同時多重に重なり合った存在なのである。そう簡単に切り分けられるものではない。むしろ「多重な自分」を意識することで、趣味の団体のマネジメント経験が仕事に活きたり、仕事上の学びが子育てに役立ったりするものなのではないか。

 

あるいは、著者は「前例主義」ではなく「善例主義」でなければならないという。他自治体や民間の好事例を知り、取り入れていくということだ。

 

これも賛成だ。ただし、2点補足しておきたい。1つは、「善例」は「他自治体や民間企業」にだけ転がっているわけではない、ということだ。例えば、歴史を学ぶことである。生命科学民俗学もおもしろい。そこにはとんでもない「善例」の原石が眠っているはずだ。哲学などは思考方法の宝庫である。このあたりは読書猿さんの『アイデア大全』『問題解決大全』がみごとに具現化してくださっている。

 

もうひとつは、注意点。「善例」に囚われすぎると、人はそのデメリットを過小評価しやすい傾向にある。これを回避するためには、取り入れる「善例」をできるだけ構造的に理解し、いわゆる「どこを押せば何が出てくるか」をしっかり捉えておく必要がある。高齢者や障害者にとってはどうか、などと考えてみるのもよい。そして、取り入れるにあたっては評価基準を決め、一定期間後に評価し、見直すこと。必要ならサンセット方式を導入することだ。

 

仕事に対するアプローチでは「私たち自治体職員は法律を守る番人ではなく、上手に活かす職人になることが求められる」(p.158という指摘に唸らされた。これは本当に大切なことだ。なぜなら「法律を守る」ことが目的化している職員が実に多いからだ。もちろん、法律を「破る」のは論外である。しかし、そもそも法律というのは、市民生活を成り立たせるための道具である。言い換えれば法律とは、そもそもその法律が制定された目的を実現するための手段なのだ。「政策法務」とは、まさにそういうことだったはずである。

 

他にもいろいろ書きたいことがあるのだが、まあ、このへんにしておこう。読んでみれば、職種、年齢を問わず、いろんなヒントが得られることと思う。総じて、意識は高くても、地に足がついているという印象が残る一冊だった。