【2458冊目】青山文平『半席』
時代小説でありながら、現代のサラリーマンにも通じるものがある。『つまをめとらば』で夫婦、男女を描いた著者が、今度は組織に生きる人間を描いた一冊。
主人公の片岡直人は、若くて意欲的だが上昇志向が強く、今のポジションである徒目付など、出世の踏み台くらいにしか思っていない。だがここで、直人は不思議な人物と出会う。上司である内藤雅之だ。ガツガツと出世を狙うわけでもなく、他の連中のように私腹を肥やすわけでもない。旨いものに目がなく良い店をやたらに知っており、仕事に関してはボーっとしていてつかみどころがないが、実は誰より世の中に通じ、目配りは広く、抑えるところはぴしりと押さえている。
直人の役目は、すでに罪を犯し、裁きも定まった罪人のもとに赴き、その動機を聞き出すことだ。むろん、一筋縄でいく相手ではない。闇雲に聞いたって答えてくれるわけはない。だから直人は、わずかな手掛かりから自分なりに相手の思いを探り、それを相手にぶつけていく。その一言で、直人を話すに足る相手と認識するからこそ、口を閉ざしてきた罪人が直人の前ではその口を開く。
う~ん。なんてこった。これってまさに、自分がこれまでやってきたケースワーク、ソーシャルワークの世界ではないか。直人が出世の踏み台のつもりで携わった徒目付の仕事に面白さを見いだしていったように、私もまた、思いもかけず福祉の仕事に出会い、その面白さに惹き付けられていったのだ。なんと、直人はかつての私であったのである。
そういえば、最近は少なくなったが、私が入庁したころは、内藤雅之のような「名物係長」が何人かいたものだ。そして、私自身も直人のように、そういう上司を歯がゆく思い、勝手な上昇志向を抱いていたものだった。ところが今や、私自身が内藤雅之の年齢、立場になっている。問題は、私が内藤のような「名・昼行灯ぶり」を発揮できていないことなのだが。