【2439冊目】磯田道史『殿様の通信簿』
歴史でも科学でもアートでも、その領域を深く追求する人と同様、その世界の面白さをうまく伝えてくれる人はスゴイと思う。自然科学の分野にもその手の達人は多いが、歴史の分野では、最近では本書の著者がピカイチだ。
江戸時代、大名の行状をひそかにレポートさせた史料があるというのがまずびっくりだ。だが、その面白さを伝えるためには、読者の興味を惹きそうな部分を選び、史料の内容をわかりやすく解きほぐすというプロセスが必要だ。本書はそこがとても丁寧に行われている。
本書で言えば、まず水戸光圀(黄門様)や浅野内匠頭といった有名どころから入りつつ、子を70人つくったという池田綱政、徳川の治世下にあって加賀前田家を存続させた前田利常といった、あまり知られていない大名を取り上げていく。しかもこのマイナーな大名の存在が、読み終わった後はあまりのインパクトに忘れられなくなるという具合で、まさに紹介名人、歴史エンターテイナーの手際が光る。
中でも強烈な印象が残ったのが、最後に出てきた本多作左衛門。家康が持ち帰れと命じた「煎人釜」を、あえて砕かせたその理由とは。江戸時代の初期には、まだまだこんな気風の男や女がいたのである。