自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2360冊目】イ・サンヒ&ユン・シンヨン『人類との遭遇』

 

人類との遭遇:はじめて知るヒト誕生のドラマ

人類との遭遇:はじめて知るヒト誕生のドラマ

 

 

気鋭の自然人類学者が一般向けに書いたエッセイがもとになっているらしいが、ものすごく面白い。人類学というもの、さらには人間というものに対する見方が大きく揺さぶられる一冊だ。

例えば、人間が大きな脳をもっていることと、人間の社会性の関係をご存知だろうか。頭がいいから他者と関係を結べるため、ではない。大きな脳=大きな頭のため人間の出産は困難をきわめ、病院での出産が一般的になる前は、他の人間(多くは女性)の助けを必要とした。産後も母親はすぐ起きて動けるわけではないので、親族の女性たちが日々の雑事を手伝ったという。社会性なくして、「大きな頭の赤ちゃんを産み落とす」ことはできないのだ。「人類はその系統が始まったときから他者を必要としている」(p.72)と著者は言う。男性より女性の方が社交性が高いように思われるのも、このあたりの事情が関係しているのかもしれない。

ついでにもうひとつ、脳の話。大きな脳は大量のカロリーを必要とする。では、人間は脳が大きくなったから、カロリーを求めて肉食を開始したのか。本書によると、どうもそうではないらしい。

260万年前から1万2000年前、長期間にわたり乾燥化が進んだアフリカでは、森が減って草原が広がり、植物性の食べ物が乏しくなった。「パン(野菜)がないならケーキ(肉)を食べればいいじゃない」って? でも、当時存在した人類の祖先はせいぜい体長1メートル程度。動物を狩るのは無理な話。ライオンが食べ残した肉だって、ハゲワシやハイエナに食べられてしまう。

残っているのは、骨だけだ。だが、骨のなかにも骨髄という栄養たっぷりの食糧源がある。問題は骨を砕いて骨髄を取り出す方法だ。ここで彼らが選んだのが「石器で骨を叩き割る」というものだった。こうして石器を使って骨髄から栄養を取ることを覚えた人類の祖先たちは、結果として高カロリーの食物によって脳を大きくすることができたという。

実際、生きた獲物を狩猟する段階に達したのは「人類進化史のかなり後のほうだった」(p.83)ことがわかっている。いずれにせよ驚くべきは、「頭が良くなったから道具を使えるようになった」のではなく「骨髄を入手するため道具を使わざるを得なかった」「道具を使って高カロリー食を手に入れた結果、頭が良くなった」という逆転の構図である。

人類の知性の高さには「皮膚」も貢献している。そもそもなぜ人類には毛がないのか。著者は、何らかの変異で体中の毛がごっそり抜けた人類の祖先がいたのではないかと推測する。脱毛によって、大量の発汗で余計な体熱を逃がすことができるようになり、アフリカの暑い日中に適応することができたのだ。ただ問題は、体内の水分が大幅に失われるため、飲み水探しの重要性が格段に増したこと。そこで、水場の情報を記憶し、伝達する能力が重要になった。

他にも、キングコングのような「大型人類」がかつて存在した可能性や、人類が牛乳を飲めるようになってまだ一万年程度という話、農業が人口爆発をもたらしたのは死亡率が改善したからではなく、定住によって「出産と次の出産の間が縮まった」ことによるという指摘(むしろ死亡率は農業によって増加した)、ある意味いちばんびっくりの「北京原人の骨を日本のヤクザが持っているという噂」(骨がホンモノだと「鑑定」してほしいと頼まれたそうだ)など、気になるネタはたくさんあるのだが、ここでは本書のいわば「決め」のくだりを最後に紹介したい。

それは「多地域進化説」。人類の祖先はアフリカの一か所で発祥して世界中に広まったのではなく「各地のさまざまな集団があちこち移動しているうちに出会って遺伝的に混合してひとつの種として進化していった」(p.273)というものだ。

この仮説のポイントは、先行していたネアンデルタール人との関係にある。アフリカ起源説(完全置換説)では、人類はアフリカから移動した先で、ネアンデルタール人に置き換わった(というとマイルドだが、要するに絶滅させた)と考える。だが多地域進化説では、むしろ人類の祖先はネアンデルタール人などと交雑しながら移動を繰り返したと考える。後者である証拠に、わたしたちの遺伝子にはネアンデルタール人由来のパーツが「埋め込まれて」いるというのである。

仮説と発見に満ちた自然人類学の魅力を十二分に伝える、めったにない魅力的な一冊。人間がなぜ今のような人間になったか知りたい人は、ぜひ手に取ると良い。