自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1904冊目】松田行正『線の冒険』

 

線の冒険  デザインの事件簿

線の冒険 デザインの事件簿

 

 

「線」という切り口から、世界を捉え直す一冊。

パウル・クレーからはじまっているのがすばらしい。線とは、点が動くことによってできた運動の軌跡である。しかし、(メルロ=ポンティによれば)クレーはそれにとどまらず、「線に夢を見させる」ことに成功した画家であった。クレーの線は震える線、さまよう線、不安定な線である。著者は、そんな「あてどなくふらつき、行きつ戻りつするフラヌール(遊歩者)としての線のドラマ」に着目して本書を書いたという。

本書で扱われているのは、文字通りありとあらゆる線にまつわる歴史のドラマである。線は人工であり、記号であり、世界を分割しつつ結びつけるものである。線の歴史とは、メートル法の歴史であり、魔法陣や六芒星秘跡であり、ノーチラス号のルートであり、東京の地下鉄の深度地図である。漢字も線ならヒエログリフも線であり、視線も線なら国境線も線である。

本書を読んで初めて、空爆とは爆撃機の移動する「横の線」と、爆弾が投下される「縦の線」の組み合わせであることに気づかされた。朝鮮半島を分断するのも「線」なら、地球と火星を結びつけるのも「線」なのだ。

分割は秩序であると同時に、暴力でもあることにも気付かされる。第15章「分割する線」は、マンガ『ドラゴン桜』に出てくる「答案二分割法」からはじまり、パリ五月革命マオイズムローリングストーンズ、アビー・ロード、連合赤軍、そして去勢とカストラートという、圧巻の「分割・切断による世界総覧」なのだ。

文章と同時に、ユニークな図版や年表もたくさん収められている。『海底二万里』のノーチラス号の軌跡を海底深度と重ね合わせたかと思うと、『八十日間世界一周』のルートが比較され、さらには「東京の地下鉄深度」が展開される。年表も、爆撃の年表があるかと思えば「人類と火星の交流史」として古今東西のSFがずらりと並び、「朝鮮分断史」があるかと思えば「エシュロン史」「世界去勢史」のような年表も出てくる。思えば年表もまた歴史における「線」の表現なのであった。

「線」を意識したからといって、世界そのものが変わるわけではない。変わるのはわれわれの「世界の見方」である。自然界には「線」は少ない。線は世界に対する人工的な、人間の観点の導入なのだ。圧倒的なデザインとレイアウトとクロニクルの奔流にめまいさえ覚えながら、ふとそんなことを感じた一冊であった。