自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1790冊目】柘植雅義『特別支援教育』

「障害者をめぐる20冊」12冊目。

特別支援教育は、従来「特殊教育」と呼ばれていたものが元になっている。そこに「LD(学習障害)」「ADHD注意欠陥多動性障害)、「高機能自閉症」を対象として加え、一人ひとりの教育的ニーズをていねいに把握して対応していくということで、新たな制度の枠組みがつくられた。

本書はその概要を新書にまとめたもので、「特別支援教育」の全体像を把握するための一冊だ。著者は小学校の特殊学級、当時の養護学校での教員経験もあるらしいが、その後は教育研究分野におられたらしい。文部科学省でも「特別支援教育調査官」というポストに就いていたとのこと。そのためか、本書も現場視点というよりは、制度の趣旨や歴史を俯瞰する視点がメインになっている。

著者によれば、特別支援教育の特徴は「ニーズ」「サイエンス」「パートナーシップ」の3つにまとめられるという。

「ニーズ」については、特殊教育では「障害の種類と程度」に着目していたのを、一人ひとりの個別の教育的ニーズへの着目に切り替えたところが大きい。だから現代の特別支援教育では、障害の種別や程度でざっくりと切り分けるのではなく、個々の児童・生徒の支援計画をつくり、それが承継されるようになっている。

「サイエンス」は、要するに根拠(エビデンス)に基づいた指導・支援をせよ、計画を作成し、指導をし、その結果を評価して見直しをかけていくという「PDCAサイクル」をちゃんとやれ、ということだ。まあ、現場レベルでこのあたりがどう受け止められているのか、ちょっと知りたい気はするが、言っていることは正論であろう。

「パートナーシップ」は、つまりは「一人で抱え込むな」ということ。これはホントに大事なキーワードだ。特に重要なのが特別支援教育コーディネーターという役割で、ここが軸になって、必要に応じてさまざまな人と連携し、協力していく必要がある。このあたりは通常の学校現場でも参考になるように思われる。

おそらく、こうした「ニーズに基づき」「エビデンスに基づき」「みんなが連携して」きちんとシステムを組み立ててやっていくのが現代の障害児教育というものなのだろう。個々の説明はたいへんごもっともで、反論の余地もない。ただ残念なことには、読んでいて共感とか反論とか、そういう「熱い気持ち」があまり湧きあがってこない本なのである。

なんだか妙に冷静なのだ。客観的というか俯瞰的というか、まあ糸賀一雄氏の本を読んだ後なので余計にそう感じるのかもしれないが、障害児教育にかける熱意というものが(たぶんお持ちだとは思うのだが)文章からはあまり伝わってこない。

良くも悪くもこれは「教科書」なのである(もっとも、後に述べる辻村氏の主張を引きつつ「高校に特殊学級を」と訴えるあたりは、言葉の裏側に熱量が感じられる)。むしろ障害児教育の歴史を綴った第5章〜第7章あたりが、先人の情熱と行動力が伝わってきて好ましい。特に印象的だったのは、国立特殊教育総合研究所の初代所長となった辻村泰男の言葉であった。彼は著書の中でこう語ったという。

「これ以上に障害児教育を推進するには通常教育がもっと障害児に向き合って寄り添ってきてくれないと駄目だ」

「通常教育の守備範囲がもっともっと広がって、障害児を受け入れていってほしい。もしそうなるなら、特殊教育なんてなくなってしまってもよいと思う」

「日本の高等学校にも特殊学級が必要だ」


とくに2番目の、通常教育がどんどん障害児を受け入れていけば、特殊学級がなくなっても良いと思うとのくだりは、極論のようで本質を衝いている(まあ、基本的に極論というのは本質に刺さっていることが多いのだが)。「インクルーシブ教育」という言葉も紹介されているが、特別支援教育を考えるとは、逆説的に普通教育と障害児の関係を考えていくことでもあるのである。