自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1755冊目】『アンソロジー カレーライス!!』

「おいしい10冊」7冊目。

池波正太郎が、向田邦子が、内田百間が、井上ひさしが、五木寛之が、町田康が、よしもとばななが……名だたる作家がただひたすら「カレー」を語る、驚きのアンソロジー。

カレーに関する文章だけを集めるという発想もスゴイが、これだけの錚々たる面々が集まってしまう日本という国が一番スゴイ。だいたいこの暑苦しいほどの「カレー愛」はなんなんだ。なんでカレーライスのことになると、誰もかれも、こうもアツくなってしまうのか。

まあ、それだけカレーライスが、日本人にとって「家の味」であり「生活の味」に、つまりはその人の思い入れとか思い出に絡んだ食べ物になっている、ということなのだろう。本書でも、吉行淳之介がこう書いている。

ライスカレーにまつわる少年の日の思い出というものを、誰でもそれぞれ一つは持っているにちがいない」


だから本書で語られるカレーライスの多くは、最近多くなったいわゆるインドの「本場風」ではなくて、ニンジンやジャガイモが中にゴロゴロしている、ドロっとした「日本風」である。ちなみにさっき引用した文章には「ライスカレー」とあった(最近はほとんどカレーライス一辺倒だが)。この「カレーライスとライスカレーの違い」も、カレーを語るにあたっては大事なこだわりポイントであるらしい。

「〔カレーライス〕とよぶよりは、むしろ〔ライスカレー〕とよびたい」(池波正太郎

「私はいまも祖母の作ってくれたものをライスカレーと呼び、他はカレーライスと呼んで、きびしく両者を区別している」(井上靖

「金を払って、おもてで食べるのがカレーライス。
 自分の家で食べるのが、ライスカレーである。厳密にいえば、子供の日に食べた、母の作ったうどん粉のいっぱい入ったのが、ライスカレーなのだ」(向田邦子

「私にとっては、そとの食堂でたべるのがカレーライスである。家で女房のつくるのがライスカレーである」(山口瞳

「レストランと銘打っている店で食べさせる、なるべく本場風にしようとしている、色が茶色っぽくて、香辛料をいろいろ使って複雑な味にしようとしているものはカレーライスである。食堂で食べさせる、黄色くてドロリとして、福神漬のよく似合うのがライスカレーである」(吉行淳之介


なんとなくニュアンスが似通っていて、それでいて全員違うのがおもしろい。だいたい「カレーライスとライスカレーの違い」なんてテーマを、日本を代表する大作家たちが揃って熱く語っているのが楽しいではないか。

それにしても、この本を読むとめっぽうカレーが食べたくなる。それも昔ながらの「ライスカレー風」カレーライスだ。旨ければ良いというモノではない。むしろちょっとマズイけど辛さと熱さでそれをごまかしているような奴が無性に食べたくなる。

話がちょっと逸れるが、ウチの役所にも職員食堂があるが、オススメのメニューを聞かれると「カレーライス」と答えることにしている。香辛料といってもコショウの味しかしないし、具もほとんど入っていないシロモノなのだが、少なくとも勢いでなんとか食えるからね。大学の学食でも、いちばん無難なのは、やっぱり具がほとんど入っていないカレーライスだった。

そういう出来そこないみたいな料理でも許される、むしろそこが味になるような懐の広さが、カレーライスにはある。とろみをつけたのは、海軍のメニューとして採用された折に揺れる船の上でも食べられるようにするためだったという説があるが、そういう荒っぽいというか、ざっかけないところがむしろ一つの魅力なのだ。

ちなみにこの本、表紙がカレーライスの写真なのはともかく、まずページが全部、カレー粉で色づけしたみたいに黄色っぽい。そして合間合間に、旨そうなカレーライスの写真がふんだんに挟まっている。内容のみならず造本でもカレーが食べたくなる……というか、この本を読んだ後の昼食に、カレー以外の選択肢はありえない。

最後に圧巻の「目次」を掲げておく。なんだかものすごいラインナップに加え、タイトルから漂ってくる「カレー愛」をぜひ味わってほしい。

池波正太郎「カレーライス」
井上靖「ほんとうのライスカレー
向田邦子「昔カレー」
中島らも「子供の頃のカレー」
内館牧子「カレーライス」
安西水丸「カレーはぼくにとってアヘンである」
林真理子「カレーと煙草」
伊集院静香「カレーライス」
小津安二郎「処女作前後 ライス・カレー」
井上ひさしセントルイス・カレーライス・ブルース」
町田康「カレーの恥辱」
寺山修司「歩兵の思想」
伊丹十三「料理人は片づけながら仕事をする」
獅子文六「議論」
神吉拓郎「カレー党異聞」
阿川弘之「米の味・カレーの味」
古山高麗雄ビルマのカレー」
北杜夫「カレーライス」
阿川佐和子「カレー好き」
尾辻克彦「インド人もびっくり」
久住昌之「カレーライス」
滝田ゆうライスカレー
東海林さだお「大阪「自由軒」のカレー」
泉麻人「カレーのマナー」
山口瞳「カレーライス」
内田百間「芥子飯」
五木寛之「カツカレーの春」
よしもとばなな「カレーライスとカルマ」
村松友視ライスカレーをチンケに食う」
藤原新也アルプスの臨海現象カレー」
吉行淳之介ライスカレー
吉本隆明「即席カレーくらべ」
色川武大「紙のようなカレーの夢」