自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1558冊目】竹村道夫監修・河村重実著『彼女たちはなぜ万引きがやめられないのか?』

彼女たちはなぜ万引きがやめられないのか? 窃盗癖という病

彼女たちはなぜ万引きがやめられないのか? 窃盗癖という病

こないだたまたまテレビを観ていたら、本書の監修者、竹村氏が出ていた。何という番組だったか忘れたが、「病としての万引き」に焦点をあてた、けっこう丁寧なつくりの番組だった印象が残っている。

竹村氏は、群馬県にある「赤城高原ホスピタル」の院長だ。この病院、実は窃盗癖の治療に取り組む全国でも数少ない病院で、当然ながらそうした治療の膨大な蓄積がある。テレビではその内部にまでカメラが入り、窃盗癖の深刻な実情が取り上げられていた。本書もまた、氏の豊富な知見をもとに、フリーライターの河村氏がまとめた一冊だ。

窃盗という「病」があることは、最近になってようやく世の中に認知されてきたという。私もなんとなく聞いたことはあったが、ここまで大変な「病気」であるとは知らなかった。

もちろん窃盗は「犯罪」である。そこがまた厄介なところで、一般的には犯罪に対しては刑罰が科せられるが、それによって病気が「治る」ということはない。むしろ窃盗癖の根底にある自己評価の低さや自罰的傾向が、刑罰を受けることによってかえって増してしまうこともあるらしい。だから窃盗癖に対しては、本当に再犯を防ごうと思ったら、「病気」としての対応が必要になってくることがあるのである。

しかし、では治療というアプローチは確実に効果をあげられるのか。残念ながら、答えはノーである。赤城高原ホスピタルでは、治療継続を指示された患者のうち、なんと8割が3ヶ月以内に治療から脱落。さらに3ヶ月以上の治療継続者のおよそ8割が、治療中に万引きなどの再犯をしてしまうという。

たぶん日本でもっとも専門性の高いこの病院ですら、この数字というのは、ちょっとびっくりだ。竹村氏はさすがに悟っておられ、「再犯は”するものだ”ぐらいの覚悟がないと、窃盗癖患者とはつき合っていられません」と言い切っている。

さらに、治るとしても、そのためにはある程度長期間にわたり治療を継続しないと効果が出ない。中でも重要なのが、自助グループの存在だ。同じような症状をもつ患者が集まり、匿名で交流する「ミーティング」が、窃盗癖の治療にたいへん重要な意味をもつらしいのだ。このあたりはアルコールやギャンブル依存でも同じような話をよく聞く。医者からの注意より、同じ「病」の先達の姿を目の当たりにするほうが効果的というのは、なかなか意味深なものがある。

摂食障害と窃盗癖の重複が多い、ということも、本書を読んで初めて知った(テレビでもやっていたが)。冒頭の赤城高原ホスピタルにしても、実はもともとアルコール依存症の専門治療施設で、アルコール依存の2〜3割(若い女性では半数以上)が摂食障害を併発しているため摂食障害患者にも門戸を開いていたところ、こうした患者の約半数に窃盗行為がみられた、といういきさつを経て、結果的に日本でも数少ない窃盗癖患者の受け入れ先になってきたという、なかなかにややこしい経緯があるという。

では、そもそもなぜ彼・彼女らは「盗んでしまう」のか? 本書のタイトルにもなっているこの問いに、明確に答えることは難しいが、竹村氏が膨大な臨床経験から導きだしたひとつの傾向は、かれらが「これまでの人生で、自分に責任があるとは思われない、割に合わない役割を背負わされた体験者」(p.146)だということだった、という。

「自分の不幸な運命を考える。そういう時、封印していた古い心の傷がうずきだす。過食のための食料品店、コンビニ店通いの毎日、大量の食べ物に出費を繰り返すという彼らの置かれた状況で、「人生において不利な役割を押し付けられてきた、そして十分に報われていない(not being paid enough)」という無意識が彼らを衝き動かすとしたら、彼らが万引きに走る行動はある程度理解できるのではないだろうか」(p.147)

もちろん、すべてがこの例にあてはまるワケはない。どう考えても理由付けられないようなケースもあるらしく、陳腐なまとめ方だが、人の心は摩訶不思議なもの、としか言いようがない。ただ一つだけ言えそうなのは、万引きという行為をただ止めるだけでは、たぶんあまり解決にならないだろう、ということだ。行き先を失った衝動が、おそらくは違ったカタチで噴き出してくる。それがどういう「症状」として現れるかは、その人によるのだろう。

ちなみに、本書には窃盗癖かどうかを見極める「窃盗癖の質問表」があるので、あわせて引用しておく。思い当たるフシのある方、あるいはご家族やお友達がひょっとして……と思われる方はチェックの上、もし該当しそうであれば、早めの相談をオススメしておく。なおこれは、本書でも再三言及されている『どうしても「あれ」がやめられないあなたへ』(ジョン・グランド/サック・キム著、文藝春秋)という本からの孫引きである。念のため。

〈窃盗癖の質問表〉
1 盗みをしますか、もしくは盗みたいという衝動がありますか?……はい/いいえ
2 盗むことばかりを考え、盗みの衝動に心を占領されていますか? しじゅう盗むことを考えたり、盗みの衝動を感じているけれど、その考えや衝動がもっと少なかったらいいのにと思いますか?……はい/いいえ
3 盗む前、もしくは盗みの衝動を感じるとき、緊張や不安がありますか?……はい/いいえ
4 窃盗行為やその衝動が激しい精神的苦痛の原因となっていますか?……はい/いいえ
5 窃盗行為やその衝動がなんらかの形で生活の妨げになっていますか?……はい/いいえ

質問1、2の両方に「はい」と答え、3〜5のどれかに「はい」と答えた場合、その人は窃盗癖に罹っている可能性があるという。ポイントは、いわゆる常習的な窃盗犯が盗むことを「やめる」こともできるのに対して、窃盗癖の患者の場合はそれがやめられないという点だ。さて、あなたはどうだろうか? もし当てはまるようなら、すぐ専門医に相談したほうがいい。ちなみに赤城高原ホスピタルについて知りたい方、相談したい方は、コチラへどうぞ。

どうしても「あれ」がやめられないあなたへ 衝動制御障害という病