自治体職員の読書ノート

自治体職員。仕事は福祉系。読書は雑食系。

【2632冊目】ジャン・ジュネ『泥棒日記』


「裏切りと、盗みと、同性愛が、この本の本質的な主題である」(p.256)


本書では同性愛を、裏切りや盗みと同列の悪徳に満ちた行為として描いている。この本が書かれた時代はそういうふうに見られていたのだなあ、と再認識。


さて、その上で言っておくと、この本はとんでもない。背徳と悪の美学の極致、というべきか。


盗みといっても、ジュネの盗みは(たとえばルパンや鼠小僧のような)いわゆる「正しい盗み」「義賊」ではない。文字通りの窃盗であり、強盗だ。そこには一片の正当化の余地もない。だが、そこにこそジュネの栄光はあり、価値はあるのだ。


「盗みという行為がどれほど広く行われているかということに気づいたとき、わたしの驚きは大きかった。わたしは一挙に月並みさの中に投げこまれてしまったのだ。それから抜け出すために、わたしが必要としたのは、ただ、わたしの泥棒としての運命を自己の栄光とし、この運命を希求することだけでよかったのだ」(p.374)


だから、たとえばジュネの矜持というのは、ナチス統治下のドイツでは盗みを働かない、というものなのだ。「ここで盗みをしても、おれはなんら特異な、そしておれをよりよく実現させることのできる、行為を遂行することにはならない。ただ平常の秩序に従っているだけなのだ。おれは秩序を破壊しない。おれは悪をなさず、何ものをも乱さない。非難憤激を惹き起すことは不可能だ。おれは無駄に盗みをするだけだ」(p.183)


いわゆる「義賊」というものとは、ジュネはまったく違うことがわかるだろう。あるいは、次のような言葉はどうか。


「監獄がわたしに初めての平安を、初めての友情の溶け合いを与えてくれた、それは人非人の世界でのことだったのだ」(p.125)


「わたしは彼らのことを、美しい、と言った。それは整った美しさではない。別種の美しさで、力とか、絶望とか(略)恥、狡智、怠惰、あきらめ、蔑み、倦怠、勇気、卑劣さ、恐怖・・・」(p.386)


つまりどういうことなのか、と言えば、要するにこういうことだ。ジュネはこう書いている。


「この書物『泥棒日記』は、すなわち、「到達不可能な無価値性」の追求、である」(p.138)


それにしても、ここまで徹底し、透徹した反・美学の持ち主が終身禁錮になるところを、コクトーサルトルらの運動で大統領の特赦を勝ち得た、ということが、よく美談のように語られることが多いのだが、これってどうなんだろうか。少なくともそれはジュネの本意ではなかったろうし、ジュネの美学には反していただのではないか、と思えるのだけど。


まあ、とにかくこれは「ヤバい本」だ。既存の価値観や倫理観をありったけひっくり返されたければ、一度読んでみるといい。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!