【1264〜1266冊目】小池昌代『弦と響』『タタド』『黒蜜』
- 作者: 小池昌代
- 出版社/メーカー: 光文社
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- 作者: 小池昌代
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最初は『弦と響』を読んだ。おや、これはなかなかスゴイぞ、と思い、川端康成賞を取った『タタド』を読み、近作の『黒蜜』に進んだ。
どの本でも、とにかく素晴らしいのが、つかわれているコトバの響き。華美な言葉、気取った言葉ではないのだが、静かなリズムのなかに、じんわりと胸に沁み込むものがある。絵画、それも水彩の風景画を見ているような気分だ。
『弦と響』は中篇くらいの長さ。鹿間弦楽四重奏団というカルテットのメンバー一人ひとりや、その周辺人物の語りで構成されており、その中からカルテットの30年の歴史が浮かび上がってくる。
200ページ以上にわたる小説なのだが、ストーリーといえるものはほとんどない。むしろインタビュー形式で語られるノンフィクションのような感じだ。しかし、いろんな方向からひとつのカルテットに光を当てていくことで、その姿が多彩に描き出されていく。中で、自ら語ることがもっとも少ないファーストヴァイオリンの鹿間が、一番個性的で強烈なキャラクターというのがおもしろい。
『タタド』は3篇の短篇を収めている。表題作の「タタド」は、ラストの「決壊」が強烈だが、よく考えてみるとその伏線らしきものはすでに張り巡らされている。エロティックな暗示が、暗号のように描写に織り込まれている。
それが臨界点を超えるのが「タタド」なら、他の2編「波を待って」「45文字」は、その手前の暗示で終わっている小説とも言えそうだ。どちらも、何かが暗示され、ほのめかされている。しかし、それが姿をあらわす前、カーテン越しの影のような状態で、小説は終わる。しかし、その「示し方」と「隠し方」の言葉遣いがあまりにも巧みで、読んだ後、妙に納得感が残る。
『黒蜜』は著者の最近の短編集で、こちらは14篇を収める。『タタド』と比べると、その多彩さ、幅の広がりに驚かされる。しんみりしたものから幻想的なものまでがバランスよく含まれており、特に不思議な味わいの作品は、サキの短編集を思わせる。
短いなかでしっかり物語が動いており、それまでの2冊の静かな感じと比べると、より動的になっている。それでいて描写はより的確、より情感豊か、より緻密になっている。作家の成長、というとおこがましいかもしれないが、その力量の進展は歴然としている。
ちなみに『黒蜜』には、子どもが出てくる短篇が多い。それも、どこか報われない子ども、不憫な子どもだ。親との関係がうまくいっていなかったり、子役として無理な成長を強いられていたり。そして、そんな子どもは得てして、大人には見えないものが見えたり、感じられないものが感じられたりするのである。異界や死は、子どもとは常に隣り合わせなのだ。
この人は、そのあたりの描き方が、異常に巧い。スティーブン・キングや宮部みゆきに通じるものを感じる。しかし感性は、どちらかというとさっき挙げたサキや、あるいは小川洋子に近いだろうか。著者の本業は詩人とのことだが、たしかに今回読んだ3篇はどれも、詩のことばが埋め込まれた小説であるような気がする。今度は、この人の詩を読んでみたい。