自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1139冊目】ジャック・アタリ『21世紀の歴史』

21世紀の歴史――未来の人類から見た世界

21世紀の歴史――未来の人類から見た世界

ホンモノの知性が、正面切って「未来」を予測するとどうなるか。それも5年や10年先ではなく、例えば21世紀末の……。

多くの「インテリ」が二の足を踏むであろうこんな難題に、フランスきっての知性ジャック・アタリが挑戦した。それが本書『21世紀の歴史』である。現状を単に延長しただけの無難な未来ではなく、かといってSFまがいの夢想的な未来でもない、おそろしくリアリスティックかつドラスティックな「未来予想図」がここにある。

そのためにアタリが用意したのが、「市場」を軸としたこれまでの人類史。さすがに欧米中心史観への偏りは否めないが、国家ではなく市場と資本主義によって歴史を再編成した独自のクロニクルは、教科書で習うような型にはまった世界史とは全然別の見方を提示してくれる。ちなみにそれによると、少なくとも資本主義が産声をあげた13世紀以降、歴史を動かしてきたのは9個の「中心都市」……ブルージュ、ヴェネチア、アントワープジェノヴァアムステルダム、ロンドン、ボストン、ニューヨーク、ロスアンジェルスであった、という。

しかし、なぜこんな「歴史解説」に、アタリは本書のうち100頁以上を割いているのか。それは、「これから」の世界が最初に見舞われるのが、覇権国家アメリカの衰退と、資本主義が国家を押しのけて繁栄(暴走)する「超帝国」の出現であるからだ。ここで「超帝国」とはどこか単一の国家ではなく、いわば市場による世界支配の構図である。その萌芽は、すでにサブプライム・ローン問題やリーマン・ショックに見えていた(ちなみに本書は「サブプライム・ローン問題を予言した」ことでも話題になった)。

「2050年頃、市場からの要求が増加し、また、新たなテクノロジーの利用により、世界の秩序は、地球規模となった市場の周辺に、国家を超えて統一される。筆者はこれを<超帝国>と呼ぶ。超帝国の始まりは、公共サービスを、次に民主主義を、さらには政府や国家さえも破壊する」(p.195)

ここでは国家に代わり、保険会社が事実上すべてを支配する。リスク管理のため「自己監視社会」が出現し、個人情報を開示しない者は保険会社によって排除される。また、孤独と疎外を癒すための娯楽産業が発達する。保険産業と娯楽産業が二大産業となる、という指摘は、興味深いが、ソラオソロシイ。

しかし、資本主義もまた永遠ではない。資本主義は対抗勢力(例えば共産主義)によって破壊されるのではなく、貧困の増大によって自壊する。その後にやってくるのはホッブズ的な「超紛争」の時代である。「いかなる国際機関といえども、超紛争の調停に乗り出すことは不可能である。世界は巨大な戦場と化し、そこでは、国、傭兵軍団、テロ集団、海賊、民主主義、独裁者、民族、ノマドなマフィア、宗教体などが、マネー、信仰、領土、自由など、それぞれの大義をめぐってお互いに激しく衝突する」(p.280)

「順当」に行けば、ここで人類は絶滅し、歴史は終わるのかもしれない。しかしアタリは、あえてここに一抹の希望を残す。人類の理性と信頼はギリギリのところで崩壊から踏みとどまり、平和と寛容に満ちた世界の構築に乗り出す。それが「超民主主義」だ。そこで主導権を握る人々を、アタリは「トランスヒューマン」と呼ぶ。かれらは収益を最優先にしない「調和重視企業」(今でいう社会的企業とかNPOのようなものか)で働き、愛他と友愛に満ちた「調和重視経済」が、それまでの市場を隅に追いやっていく(そういえば鳩山前首相が「友愛」という言葉をしきりと口にしていたが、ひょっとしたら彼の発想は半世紀ほど早かったのかもしれない)。

こうして概観してみると、まるでドラマのような波乱万丈の筋書きだが、一つ一つの展開がそれぞれ緻密な現状分析に基づく大胆な発想で組み立てられているので、それほど違和感を感じない。しかし、もちろんこれは「ひとつのありうべき未来」であり、むしろアタリは、このような危険きわまりない未来を回避するために本書を書いたというべきだろう。実際、サルコジ大統領は本書の理念を実践に移すため「アタリ政策委員会」を発足させ、超党派で議論を戦わせた(もっとも、その課題は世界的な悲劇の回避ではなく、フランス経済の再生であったらしいが)。なお、アタリ自身は1981年、なんと38歳でミッテラン大統領の補佐官としてフランスの政策形成に携わっており、政権への参与は今回が初めてではない。

ちなみに本書では日本についても多く触れられているが、決して明るい展望のものではない。そして、最近の「フジテレビへの『反韓デモ』」のような動向を見ていると、アタリの予言は日本に対しても的中しそうな勢いである(排外的な保守派の台頭→内向きの夜郎自大化→世界におけるプレゼンスの低下→国家の没落)。実際、お台場で気勢をあげる連中と、止まらない円高と、どんどん売れているスマートフォンと、一向に進まない貧困対策が、本書を読むと一つの大きな文脈でつながってくる。その先に待ち受けている悲惨な事態を回避するために、まずは本書にきっちり向き合うことから始めたい。