自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1278冊目】ジャック・アタリ『国家債務危機』

国家債務危機――ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?

国家債務危機――ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?

たいへん面白く、そして、たいへん恐ろしい本。『21世紀の歴史』で世界の未来をみごとに洞察した「ヨーロッパ最高の知性」ジャック・アタリが、国家の債務をめぐる歴史と現在、そして未来を通観してみせた一冊である。

ご存じのように、今やユーロ危機は終息の見通しが立たず、ドル崩壊への連鎖さえ危惧されている。わが国は対GDP比200%という巨額の債務を抱え、償還の見通しはまったく立っていない。国家の債務は、もはや先進国共通の最大のリスクとなっている。

しかしこれは、本書でみごとに紐解かれているように「古くて新しい問題」でもある。国家と債務の関係は、その当初からの「腐れ縁」なのだ。

公的債務の最初の記録は、なんと古代ギリシアまで遡るという。その後、現在に至るまで、公的債務は一貫して国家の命運を左右し、革命や戦争、国家の衰亡の最大の要因となり続けてきた。債務の多くは戦争に使われ、あるいは君主の私腹を肥やすことになった。債務を返済できなくなると、一方的にデフォルトを起こして帳消しにした。国家にとっては「古き良き時代」であった。

20世紀になって国民主権が成立すると、国家の債務は「国民の債務」となった。それが意味するのは、「現在」の国民が、次世代の負担においていまの生活を購うことでもあった。「われわれはいま、次世代に寄生して暮らすという危機的な状況に陥っている」(p.120)というアタリの指摘は耳に痛い。

さらに20世紀末以降、グローバリズムが世界を席巻した。世界金融危機は世界中で公的債務を激増させ、一方では、金融市場が国家の債務をターゲットにするようになった。こうした背景もあって、公的債務をめぐる危機的状況は、ここ10年ほどで一挙に高まったといえる。

ところが、現在がこのような状況にもかかわらず、そして歴史を見れば、公的債務で破綻した国家、デフォルトに陥った国家は数知れないにも関わらず(本書p.30に掲げられた表を見ると、先進国、途上国を問わず、公的債務の支払い不能やリスケジュールが起きていない国のほうが少ない)、誰もが「自分のところだけは何とかなる」と信じ込んでいる。あるいは、将来の自国がきわめて危機的な状況に陥ることがわかっていても、自らの政治的保身や、現時点での「豊かな生活」のために、誰も抜本的な改革に乗り出そうとしない。このような状況を、アタリは手厳しく批判する。

積み重ねられた政府の(つまりは国民の)不作為の結果、いよいよ、公的債務は待ったなしの世界的な課題となっている。そこでアタリが示してみせたのが、公的債務をめぐる「12の歴史的教訓」と「解消のための8つの戦略」である(ちなみに、後者は前者に含まれる)。「歴史的教訓」の詳細はここでは触れないが、いずれにせよこの問題に関しては、いっさいの逃げ隠れが通用しないことだけははっきりしている。

また、はっきり認識しておいたほうがよさそうなのは、公的債務問題の解決に際して、民主主義という「しくみ」は、どうやらきちんと機能してくれないらしい、というコトだ。むしろ公的債務は、一時的な不人気を覚悟しても、政治家が決意をもって断行するほか、解決することができない問題なのである。そのためには、「一時的な不人気」がただちにリーダーの交代につながることのないような、安定した政治体制が必要なのだが……今の日本にそうした体制が期待できないことは、言うまでもあるまい。

とはいえ、民主主義を一朝一夕で放り出すわけにもいかない。政府や国会がどうのこうのというより、まず国民自身が将来世代のために「正しい」政治的選択ができるかどうかが、ギリギリのところで問われているのである。

ちなみに、アタリが提唱する主権債務解消のための8つの戦略とは、増税歳出削減・経済成長・低金利・インフレ・戦争・外資導入・デフォルトである。なお、中でもっとも利用されるのは「インフレ」とのこと。ただし、そのすぐ後に著者はこう言っているのである。

「過剰債務に陥った国のほとんどは、最終的にデフォルトする」

他にも、本書はアタリの母国フランスを対象に、具体的な解決策を提示しており、事情は異なるとはいえ、日本にも参考になる点が多い。特に、繰り返しになるが「『健全な債務』を実現するのは、断固たる政治的意志である」(p.240)という言葉には、アタリの強い主張と、そして現状への苛立ちが感じられる。いずれにせよ、公的債務を舐めてはならないことは、本書を読めば嫌というほどよくわかる。先送りさえ、もはや許されない。はっきり言って、総選挙なんぞをやっている時間的余裕さえ、今の日本には残されていないかもしれないのだ。

なお、本書冒頭には「日本は、900兆円の債務を背負ったまま、未来を展望できるのか?」というタイトルの日本語版序文がついている。本書の中でも日本の莫大な公的債務については何度も触れられているが、そのエッセンスが凝縮した文章であり、日本の財政の現状のみならず、ワーキングプア少子化などの社会状況や経済情勢も含めて、実に的確な分析がなされている。これほどコンパクトな文章でここまでの分析が行える知性が、いったい日本に何人いるだろうか。そう思うと、考えても詮無いことながら、「日本にジャック・アタリがいない」現状こそが一番の問題であることに気づくのである。

21世紀の歴史――未来の人類から見た世界