【1639冊目】藻谷浩介・NHK広島取材班『里山資本主義』
里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21)
- 作者: 藻谷浩介,NHK広島取材班
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2013/07/10
- メディア: 新書
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マネー資本主義へのアンチテーゼであり、サブシステムであり、保険。本書が提唱する里山資本主義とは、そのようなもうひとつの社会システムをつくろうという構想だ。
本書の著者、藻谷浩介氏は日本総研の研究員で、日本国内のほぼすべての市町村を訪ねたことがあるという。その割に取り上げられている事例が中国地方中心なのは、本書の元になっているのがNHK広島の番組であるためだろう。藻谷氏は前著『デフレの正体』の内容が買われ、番組の「推進役」となった、ということらしい。
この手の本をあまり読んだことのない方には、本書の内容はけっこう衝撃的なのではないかと思う。特に東京や大阪などの都市部で生活し、グローバル資本主義にどっぷり浸かっている人にとっては、まるで異世界の物語のように見えるかもしれない。
一方、すでに地域活性化やコミュニティ・デザイン等に関する本をいろいろ読んできたような人は、申し訳ないが「どこかで読んだ話」という印象をもってしまうのではないだろうか。
たしかに、本書で取り上げられている岡山県真庭市の木材ペレットやバイオマス発電、あるいは広島県庄原市総領地区の和田さんについて、ピンポイントで知っている人はあまり多くないだろうが、これに類した「地産地消型」の社会と一体化したミニ経済システムは、中国地方に限らず日本各地の「田舎」に見られるのであって、そうした活動を紹介する本も少なくない。
とはいえ、本書は単に「地方の成功事例」としていろんなケースを取り上げるだけの事例紹介本ではない。むしろ本書の「売り」は、こうした地方の事例に共通する発想を「里山資本主義」というタームで括り、マネー資本主義に対する「もうひとつの資本主義」として位置づけ、さらにそこから日本全体の「解決策」を見出していくという、視野の広さと構想の深さにある。
藻谷氏によれば、マネー資本主義はいくつかの特徴をもっている。第一に「すべてを貨幣換算するシステム」。第二に「規模の利益」。第三に「分業の原理」。ところが、こうした特徴はそれぞれが一定のリスクや弱点を抱えており、里山資本主義はそこを補うことができるという。
まず「貨幣換算」に対しては「物々交換の復権」だ。貨幣経済は大量かつ複雑な取引を可能にするが、人の顔は見えなくなる。物々交換なら、単にモノが手に入るだけではなく、そこに人と人とのつながり、ネットワークが生まれる。
「規模の利益」に対しては「地域内の経済循環」。マネー資本主義では「なるべく需要を大きくまとめて、一括して大量供給」しようとするが、こうしたシステムは、生じたリスクもまた一気に拡散するという危険性がある。経済のユニットを細分化しておけば、一か所が壊れても他の場所は影響を受けない。
そして「分業の原理」に対しては「一人多役」である。分業は一見効率がよさそうに見えるが、実際の社会では、それほど明確に各自の守備範囲が決められるとは限らない。里山資本主義では、一人がなんでもこなすため、足りないところを融通無碍に補い合うことができる。
ちなみに「コンビニ」の店員の働き方は、少数のスタッフが一人多役をこなす里山資本主義の働き方に近いという。そういえば、自治体職員にも、そういうところがあるかもしれない。ゼネラリストって「一人多役」のことなのかも。
さて、こうして見ると、なんだか里山資本主義はマネー資本主義に「対抗」し「打倒」しようとしているみたいだが、実は本書が言っているのは、そういうことではない。あくまで「お金の循環がすべてを決するという前提で構築された『マネー資本主義』の経済システムの横に、こっそりと、お金に依存しないサブシステムを再構築しておこうという考え方」(p.121)にすぎないのだ。別のところで著者が言うには「バックアップシステム」。マネー資本主義の破綻に備えて、ひそかに「もうひとつの経済社会システム」を用意しておくのである。
ちなみに、こうした生き方は田舎でしかできないようにも思えるが、そうではないと著者はいう。ちなみに、都市で里山資本主義に相当するのは「スマートシティ」だそうである。これは本書によれば「巨大発電所の生み出す膨大な量の電気を一方的に分配するという二〇世紀型のエネルギーシステムを転換し、町の中、あるいはすぐ近くで作り出す小口の電力を地域の中で効率的に消費し、自立する二一世紀型の新システムを確立していく」(p.239)という発想だ。
つまり、確かに都会は地方みたいに食べ物や飲み物を自給自足するところまではいかないかもしれないが、せめて電気については「地域循環型」のシステムを作るべきだ、ということらしい。しかも電気は住民の生活と直結しているため、電気の使用状況の把握をテコに地域コミュニティを復活させるところまでが、この構想には織り込まれている。しかも、日本のトップ企業20社以上が、このスマートシティ構想に人材を送り込み、大真面目にこの「企業版・里山資本主義」(p.239)に取り組んでいるというから、まだまだ日本も捨てたモノではない。
カール・ポランニーは、資本主義社会について「社会が経済に埋め込まれている」と評した。その伝でいえば、里山資本主義は、経済をもう一度、社会の中に埋め直す作業であると言えるのかもしれない。まあ、現実問題としては、地方での生活にもそれなりの苦労はあるだろうし、安直に田舎暮らしを勧めてもしょうがないが、少なくともいろんな意味で、都会より「人間らしい」暮らしをすることはできそうだ。