自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1026冊目】大村敦志『「民法0,1,2,3条」〈私〉が生きるルール』

「民法0・1・2・3条」〈私〉が生きるルール [理想の教室]

「民法0・1・2・3条」〈私〉が生きるルール [理想の教室]

きわめてユニークな民法の入門書。

旧司法試験の話だが、多くの受験生が最初にザセツするのが「民法」だと聞いたことがある。その理由は「分量の多さ」。なにしろ条文だけで1000条以上。それが総則、物権、債権、親族、相続に分かれている。だいたいフツーの法律5個分くらいのボリュームなのだ(しかも現民法になる前は、総論〜債権法までは文語・カタカナ・句読点なしという恐ろしい条文だった)。これに判例やら学説やらが膨大についてくるのだから、たまらない。だから基本書も膨大になる。たいていは分厚いヤツが3〜5冊。「ダットサン」と呼ばれるコンパクトな教科書もあったが(今もあるんだろうか?)、それでも3冊組で1冊500ページくらいだったと思う。まあ、ザセツするのも分かる気がする。

その中で本書は、入門書とはいえ、たいへん思い切った構成になっている。なにしろ扱われているのは民法冒頭のたった4〜5条。それを戦前〜戦後にかけての変遷を追いつつ徹底的に考察し、そこから民法の基本原理を捉えようというのだから、これはすごい力技だ。しかもお読みいただくと分かるが、本書はなんとその試みにある程度まで成功している。これはおそらく、民法ギョーカイの快挙ではなかろうか。

民法は一般に、私人間の取引関係や身分関係に関するルールであるとされる。しかし本書は、それに加えて「市民社会の構成原理」としての側面に光を当て、単なる「取引のルール」にとどまらず、「私人」と「公共」の間を規律するルールとして民法を考えていく。その引き合いに出されるのが、フランス民法(どうやら著者のご専門らしい)。人格権の保障や身体に関する権利などの条項を盛り込んだフランスの民法を参照することで、日本の民法に「書かれていないこと」を明らかにしていくという手際はなかなか面白い。

一般に、法律に「書かれていない」という場合、大きく二つのパターンが考えられる。ひとつは、書かれていないことは規定されていないという考え方。もうひとつは、書かれていないのは「当たり前すぎるから」という考え方。著者は主に後者のスタンスに立ち、著名な判例を引きながら、日本の民法にも人格権や公私のルールが前提として含まれていることを明らかにした上で、これを明確化したかたちでの「新民法」素案まで披露してみせる。

著者の考え方に対しては、おそらくいろいろと賛否があると思う。私個人も、気になるところがないとはいえないが、それよりも民法という一見無味乾燥な法律を、こうして活き活きと議論できること自体が新鮮な驚きだった。入門書としても面白いが、ある程度個々の条文を知った上でこの本を読むと、また違った気付きを得られるだろう。言うまでもなく、信義則や権利濫用の法理などは、自治体職員としても必須の知識。民法への入り口としてはややイレギュラーだが、こういう入り方も「アリ」だと思う。