【889・890冊目】重松清『ビタミンF』『流星ワゴン』
- 作者: 重松清
- 出版社/メーカー: 新潮社
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- 作者: 重松清
- 出版社/メーカー: 講談社
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う〜ん、上手い。言葉の選び方、文章のトーン、会話のノリからちょっとしたユーモアまで、すべてがそれぞれの「お話」のサイズにぴたりと合っている。どんなスペースにもぴたりとあてはまる注文家具みたいな精度。最初にこの人の小説を読んだ時にはそれほど感じなかったが、こうして同じようなテーマの短編集と長編を続けて読むと、重松清の「職人技」のすごさがよくわかる。
『ビタミンF』は、30代後半の父親の視点から綴る短編集。「ゲンコツ」「はずれくじ」「パンドラ」「セッちゃん」「なぎさホテルにて」「かさぶたまぶた」「母帰る」の7篇を収める。
「幸福な家庭はどれも似たようなものだが、不幸な家庭はそれぞれに不幸なものである」と書いたのはトルストイ(『アンナ・カレーニナ』)だが、この7篇に登場する家庭は、どれも目に見えてはっきりと「不幸」なわけではないが、それぞれの「不幸の種子」を抱えている。その種子は、ある短編ではまだ芽を出しておらず、別の短編ではかなり「育って」しまっている。完全に「幸福な」家庭など、ないのかもしれない。そんな思いが、この本を読んでいると頭をもたげてくる。どれほど幸福に見える家庭でも、突然その中に開く亀裂を止めることはできない。その亀裂は突然生まれたものかもしれないし、ずっと前から準備されていたものかもしれない。しかしどちらにせよ、家族というのは結局、そうした亀裂あるいは不幸の種子を抱え込み、それを織り込んだ上でどうにかこうにか続けていかなければならないのかもしれない。
その「不幸」がある意味極限化したのが、長編『流星ワゴン』だ。この物語の主人公、永井一雄は会社をリストラされたばかり。しかも息子は中学受験に失敗し、いやいや進学した公立中学でイジメにあって不登校になり、両親に暴力をふるう。妻はテレクラで男遊びを重ね、朝まで家に帰らないこともある。そして、ここには一雄をめぐるもうひとつの家族――一雄の父「チュウさん」も登場する。この父子もまた、いろんな意味でうまくいっていない。この小説は、一雄と息子の広樹の「父と子の物語」であると同時に、一雄とチュウさんの「父と子の物語」でもある。さらにそこに、一雄の前に突然現れた不思議なワゴンに乗っている父子、「橋本さんと健太くん」がいる。実はこの二人、すでに交通事故で「亡くなって」いるのだ。そして、この「死んだ二人」に導かれた一雄が、人生と家族にとっての岐路をたどりなおし、その中でチュウさんとの父子関係を問いなおしていく、という二重構造をメインに、この小説は進んでいく。
結局、家族の物語といっても、この2冊で軸になっているのは「親子」特に「父親と子ども」の関係であり、「夫婦」の関係である。しかも、その「男」は30代後半からせいぜい40歳くらいという、著者いわく「中途半端な年齢」。人生の選択肢が相当狭まり、良くも悪くも自分の一生の「程」が見えてきて、家庭では、そろそろ思春期になった子供との仲もいろいろとこじれてくる時期だ。実は私自身も、30代後半にさしかかり、子供はまだ思春期ではないが、いずれ本書に登場する父親の立場になることは間違いない。そのため本書の内容はまさにひとごとではなく、相当身につまされながら、人生の予行演習のつもりで読んだ。もっとも、我が家における「亀裂」がどのようなものになるのか、いまはまったく想像つかないが……。