奥田英朗「空中ブランコ」「町長選挙」「ララピポ」(#631〜#633)
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「空中ブランコ」「町長選挙」は、以前読んだ「イン・ザ・プール」に続く神経科医・伊良部一郎シリーズ。心を病んだ患者が伊良部のもとを訪れ、無理やり注射を打たれ、伊良部のむちゃくちゃな言動に振り回されていくうちになぜか治っていく・・・という「定番」のパターン。ワンパターンといえばワンパターンかもしれないが、ひとつの「型」でいろんな話をこれだけ読ませるのはやっぱりたいしたものだと思う。
中でも「空中ブランコ」に載っている短編はどれも面白い。だいたい、先端恐怖症のヤクザとかスローイング恐怖になった野球選手とか、よくぞそういう「意地悪な」症例を考え付くものだ。ちょっと異色だったのは、ラストの「女流作家」。売れっ子の小説家が、書こうとする内容(というか、登場人物の組み合わせ)を以前書いたような気がして不安になるという強迫症の話なのだが、その作家はかつて渾身の力を込めて書いた小説が全然売れず、軽く書き飛ばしている「中身がスカスカの」小説ばかりが飛ぶように売れるのだ。小説家や映画監督などのクリエイターにとって、売れるとはどういうことなのか。良いものが売れず、粗製濫造の駄作ばかりが売れることをどう考えればよいのか。作品の中で繰り返される無言の問いかけは、「売れっ子作家」奥田英朗自身の問題意識と重なっているように思えた。
「町長選挙」も同じく伊良部シリーズだが、最初の2篇を読んでちょっと首をひねった。あからさまにナベツネとホリエモンのパロディなのだ。変化球を狙ったのかもしれないが、「ついにネタ切れか?」と思ってしまったのが正直なところ。だが、次の「カリスマ稼業」でだいぶ持ち直し、ラストの「町長選挙」はなかなか面白く読めた。
この「町長選挙」(短編のタイトルのほう)は離島で4年に一度行われる「島を二分しての」壮絶な選挙戦争を描いたもので、伊良部が島を訪れるという設定もやや変化球気味だし、主役の町役場職員が患者役なのだが、伊良部がむしろ島全体の困った状況を(相変わらずの奇想天外なやり方で)解決してしまうというところも、これまでのパターンから離れてきたものを感じる。伊良部シリーズはずいぶん人気だそうであるが、奥田英朗自身はむしろそこから離れたがっているのではないか、と読んでいて思った。
「ララピポ」はその「伊良部シリーズ以外」の連作短編集。各短編の登場人物が少しづつ重なっていくという、これも奥田英朗得意の手法だ。スピーディでコミカルな展開で一気に読めるのだが、良く考えるとどの話も、暗い。救いがない。AVや性風俗の世界が舞台になっているのだが、とにかく全員が、社会の蟻地獄のようなところにどんどんはまりこみ、抜け出せなくなっていく。
「最悪」を思い出させる救いのなさ。「伊良部」なき奥田ワールドは、文章のトーンはあんなに明るくユーモラスなのに、行き着くところはこういうダークな世界なのか。それを吹き飛ばすには、「伊良部一郎」や、サウスバウンドに出てきた元活動家のお父さんみたいな、超越的な破天荒キャラが必要なのかもしれない。