奥田英朗「最悪」「イン・ザ・プール」「東京物語」(#622〜#624)
- 作者: 奥田英朗
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- 作者: 奥田英朗
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- 作者: 奥田英朗
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いやあ、面白かった。堪能しました。
奥田英朗の小説は、以前「サウスバウンド」を読んだきり。これもパワフルで楽しい小説だったが、今回読んだ3冊もまた、パワフルでスピーディ。しかもどれも違った色合いで、三様の奥田節が楽しめた。
「最悪」は、とにかくどん底に落ちていく3人の描写がすさまじい。下町の小さな鉄工所の社長、上司のセクハラに遭った銀行員、ヤクザに目をつけられたチンピラ。それぞれの人生が交互に描かれるのだが、後半、その3つのラインが徐々に絡み合う中で、一気に3人ともが、まさに「最悪」の状態に追い込まれていく。
そして、ラスト近くになって、それまで微妙に絡み合いつつも基本的には無関係だった3人の人生が、まさに底の底でぶつかり合う。そこがこの小説のクライマックスであり、最大の見所……だと思うのだが、私はむしろ、中盤から後半に至る「人生の坂道の転げ落ち方」の描写のほうにこの作家の凄味を感じた。
「イン・ザ・プール」は一転して軽い味のユーモラスな連作短編集。さまざまな心の問題を抱えた人々と、「伊良部総合病院」の神経科でそれを待ち構えている変わり者の医者、伊良部。最初は伊良部を胡散臭いと感じていた患者が、その奇行にあきれながらも徐々に伊良部に惹きつけられていくさまが面白い。
しかし、なぜ彼らは伊良部に惹きつけられるのか。その理由は、おそらく伊良部が根本のところで、患者のことを決して否定しないからだと思う。そのため、日常生活の中で無理解と誤解にさらされ続けている患者さんたちは、いつのまにか伊良部を自分の最大の理解者であるように感じ、癒されるような気すらしてくる。
そして、そのうちにふっと、その人を悩ませていた症状が消えてしまうのである。それを伊良部が意図的に引き出しているのか、それともただの偶然なのか、よくわからないところが面白い。
「東京物語」は作者の自伝的小説。1980年代、キャンディーズが解散し、ジョン・レノンが射殺され、名古屋オリンピックが夢と消え、最後はバブル経済が始まっていく。そんな状況にノスタルジアを感じるには、私は年代がちょっとずれているが、それでもなんとなくそんな「時代の空気」は感じられた。
そして、そんな中で大学に入って演劇論をかわし、駆け出しのコピーライターとして七転八倒し、夢と現実のはざまで揺れながら懸命に生きる青年、田村久雄は、間違いなくその後の「奥田英朗」の若き日の姿であろう。本書は、その若き日々を活き活きと描いた青春小説でもある。
こうして3冊読んでいくと、どの小説もリズミカルで読みやすく、文章に無駄がない(さすが元コピーライターである)。それでいて必要な情景描写や人物描写は実に的確。特に、人間の愚かしさみたいなものを実に暖かく、ユーモラスに描写してみせるのである。
それがひときわ光るのが、追い込まれた人間の行動や心理を描く時である。「最悪」での追い込まれた川谷や和也の取り乱しぶり、「イン・ザ・プール」で症状の悪化で追い込まれる人々、「東京物語」ではクライアントの無茶な欲求や使えない部下の間にはさまれて駆けずり回る久雄に、「おれは人間のクズだ」と絶叫する地上げ屋の郷田。
その「パニックぶり」「取り乱しぶり」をユーモラスに描く中で、その人の本質というか、地肌のようなものが透けて見える。そこを描く奥田英朗の文章は、容赦なくたたみかけるようにしつつも、どこか人間に対する温かい視線を残しているように思える。