自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【562冊目】久田恵「ニッポン貧困最前線」【563冊目】柴田純一「プロケースワーカー100の心得」【564冊目】山本雄司「福祉事務所 新米公務員奮戦記」

ニッポン貧困最前線―ケースワーカーと呼ばれる人々 (文春文庫)

ニッポン貧困最前線―ケースワーカーと呼ばれる人々 (文春文庫)

福祉事務所―新米公務員奮戦記

福祉事務所―新米公務員奮戦記

ほとんどの公務員は、官僚制のピラミッド構造の中で上司の監督を受けながら業務を遂行することになっているが、中で警察官や徴税職員など、比較的個々の職員の独立性が高く、幅広い裁量をもつ職種が存在する。マイケル・リプスキーの言う「ストリート・レベルの官僚制」である。

今回取り上げた三冊は、典型的な「ストリート・レベル公務員」であるケースワーカーに関するもの。生活保護という国民生活の文字通り最後の砦を守る人々であり、職員一人当たり年間一億円ともいわれる生活保護費の適用を決定する権限(と責任)をもつ。役所の業務の中でもきわめて独自性、専門性が高いが、社会福祉主事とは名ばかりの事務職がその任を負うことが多い。

忌憚なく言えば、人事異動の際にもっとも物議をかもす部署である。しかし、一方でケースワーカーの仕事に魅了され、10年くらい在籍しても残留希望を出したり、転出しても再度異動を希望する人も多い。その理由はやはり、徹底した「現場の仕事」であるがゆえのやりがい、泥臭くキツい面もあるが、本当に人のために立てる職場であるためだろう(人によっては、その独立性や自由度の高さが魅力かもしれない)。

私個人はこれまで福祉事務所に異動したことはないが、実は自治体職員になる前にケースワーカー的な仕事に就職し、挫折してすぐ辞めてしまったという苦い思い出がある。そのため、正直言うとケースワーカーの方々に対しては、漠然とした憧れと、自分が挫折したゆえの一種の気後れのようなものがないまぜになった感情を抱いている。ケースワーカーという仕事の難しさについても、ある程度は分かっているつもりだ。今回読んだ三冊からも、そのあたりを再確認することができたように思う。

ケースワーカーが人事異動の際に嫌われやすいのは、相手となる人になかなか「難しい」方が多いということや、扉を開けたら人の死に直面するような生々しさ、その他「臭い」「汚い」「危険」という役所内3K職場であるためであろう。しかし、ケースワーカーの難しさというのは、突き詰めれば、法や制度と、ケースという現実の間に、たった一人で立たなければならないというその一点にあるように感じる。制度と現実の間には、それがどんな分野のものであっても、たいてい抜き差しならぬ矛盾や齟齬があるものだ。自治体職員、特に現場に近い市区町村の職員で、そうした矛盾や齟齬を感じないで仕事をしていられる人はあまりいない(いるとすれば、よほど鈍感な人であろう)。

そうした「ズレ」は、たいていの場合、上司と部下の関係や組織的な対応の中である程度薄められていく。ところが、ケースワーカーのような「ストリート・レベル公務員」の場合、個人がなまじ幅広い裁量をもつだけに、ワーカー個人が制度と現実を結ぶたった一つの結節点になってしまう。

もちろん周囲のサポートもあるだろうが、最後はそのケースの担当者である「自分」しかいないのである。そのため、ワーカーは一人一人が、制度と現実の間にある矛盾や齟齬を丸呑みしていかなければならない。律儀すぎてもいけないし、流されすぎても戻れなくなる。怖い仕事だと思う。

本の紹介も少し。一冊目は生活保護の現場を追ったルポルタージュ。事件が起きるたびにその場限りのバッシングを行うばかりのマスコミ報道が蔓延するなか、貧困の現場で奮闘するケースワーカーやそれをめぐる生活保護制度について、ここまで暖かいまなざしと的確な描写をなしえた本はめずらしい。

後の2冊はケースワーカー経験者によるもので、他にもいくつか目についたのだが、ベテランワーカーと新人ワーカーの視点ということでこの二冊にした。「100の心得」は、著者の豊富な体験をもとにした心得集の体裁であるが、なされている指摘がなかなか深い。現場の知恵に満ちた言葉があふれており、「心得」のタイトルが並ぶ目次だけでも一見の価値がある。

3冊目は新人として役所に入っていきなりワーカーとなった方が著者となっており、コンパクトだがかなり濃密な一冊である。ワーカー初心者にはこちらのほうが入りやすいかもしれない。中国帰国者の担当となった時に2週間の中国留学をするなど、その勉強熱心さには頭が下がる。