自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

レイチェル・カーソン【565冊目】「沈黙の春」【566冊目】「センス・オブ・ワンダー」【567冊目】「海辺」

沈黙の春

沈黙の春

センス・オブ・ワンダー

センス・オブ・ワンダー

海辺―生命のふるさと (平凡社ライブラリー)

海辺―生命のふるさと (平凡社ライブラリー)

レイチェル・カーソンが「沈黙の春」を書いたきっかけは、友人からの一通の手紙だったそうである。その手紙には、殺虫剤のDDTが空中散布された後に、コマツグミが次々と死んでしまった、と書かれていた。それをきっかけに、4年の取材を経て書かれたのが、有名な「沈黙の春」である。

内容はうすうす知っていたが、通読したのは初めてだった。何より強烈だったのは、血がかよい、脈打つような文章の力強さであった。抒情的で表現力豊かだが、かといって決して感情に流されるわけではない。文章の底には常に、科学者の客観的で分析的な視点が、どっしりとしたおもりのように効いている。理系の冷静さと文系の情熱が高いレベルで融合し、読み手の心を動かさずにおかない。

おそろしい本である。目先の利害にとらわれて使う化学物質が、木々を枯らし、虫や鳥を殺し、豊かな自然が一夜にして死と荒廃に取って代わる。「安全」とされる低濃度で薬品を使用しても、湖であればプランクトンに取り込まれ、小魚、大きな魚と捕食されるうちに高濃度化してしまう。最後は人間の口に入り、危険水域をはるかに超えた濃度の化学物質はその体内に蓄積され、癌やその他の病気を引き起こす。

ある種の昆虫を駆逐するために撒いた農薬が、かえってその天敵を全滅させてしまい、目当ての昆虫はかえって大繁殖してしまう。牧草に撒かれた除草剤は牛の体内に入り、高濃度化してミルクとして体外に出る。その行く末は赤ちゃんの体内である。他にも、今更ながら改めて読むと慄然とする、自然と人間への化学物質による緩慢なるジェノサイドのオンパレードである。

現在はこれに環境ホルモンダイオキシンなど新しいテーマが加わっているが、本書の根底にある主張はまだ有効である。それは、人間の都合だけで自然をどうにかしようと思ってはならないこと、どうしても何かしなければならないのであれば、より害が少なく、危険性が少ない方法を科学的知見に立って探し求めなければならないということだ。当たり前じゃないか、と思われるかもしれないが、この「当たり前」がいっこうにできていないのが人間なのだ。

沈黙の春」一冊で環境保護論者の元祖となったカーソンだが、その根底にあるのは、自然への緻密な観察と深い愛情である。それがもっとも高い純度で発露したのが、「センス・オブ・ワンダー」。カーソンが死の間際にまとめた一冊なのだが、これがまた、宝石のようにすばらしい本である。

ここには農薬も化学物質もまったく登場しない。姪の息子、ロジャーとともに眺めた自然の美と感動が、ひたすら素朴な言葉で綴られている。カーソンはこれを充実させて一冊の本にしたいと考えていたらしいが(その前に亡くなってしまった)、この小ささ、この薄さが、この本には合っているような気もする。なお邦訳版には、森本二太郎氏が日本の自然を撮った写真が付されている。これがまた、ありえないほどぴったりと合っている。文章は、アメリカの自然を称えたものばかりなのに。

しかし、なぜカーソンは科学をなりわいとしていながら、このような情感豊かで詩的な文章を書けるのだろうか。実は、カーソンはもともと作家志望で、大学も文学部に入学したという。しかし、同時に幼い頃から自然に親しんできたカーソンは、大学で自然や生命のほうに惹かれ、途中で専攻を変えて科学者への道を歩み出したのだ。

おそらく、カーソンは科学の世界に携わりながらも、どこかに作家へのあこがれを持ち続けていたのだろう。その二つの道が結実したのが、三冊目に取り上げた「海辺」や、その前に刊行されベストセラーになったという「われらをめぐる海」や、処女作「潮風の下に」だったのかもしれない。

3冊目に読んだ「海辺」は、海岸沿いの生物模様をただひたすら描いた本で、衝撃的な「沈黙の春」や珠玉の「センス・オブ・ワンダー」に比べると地味な感じもするが、実は海洋生物学はカーソンの十八番であり、「海辺」はいわばカーソンの「本業」、本領発揮の一冊である。

珍しい生物が登場するわけではない。フジツボ、海藻、貝、カニ、ヒトデ、クラゲなど、出てくるのはありふれた生物ばかりである。しかし、カーソンの「目」と「手」、緻密で何ものをも見逃さない観察力と、それを情感豊かに描き出す筆力にかかると、その生態が実に魅力的に見えてくる。ありふれた海辺の光景が、あっという間に生物の乱舞するミラクルワールドになる。やはりこの世界も、またカーソンにしか描きえない世界であろう。