自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【482冊目】野沢和弘「条例のある街」

条例のある街―障害のある人もない人も暮らしやすい時代に

条例のある街―障害のある人もない人も暮らしやすい時代に

なかなかの良書。心が動くノンフィクションである。

千葉県で、「障害者への差別をなくすための条例」が成立した。障害をもつ人々やその家族、あるいは「差別する側」に回りがちな企業の方々も含め、一般市民が手作りで作り上げた条例だ。そのために膨大な差別事例を集め、障害をめぐる世の中のあり方を侃々諤々で議論したという。本書の前半は、そのプロセスを生々しく描いている。本書の著者は毎日新聞の記者であるが、同時にこの条例制定のメンバーでもある。その当事者としての熱い視点と、ジャーナリストとしての「プロの」文章力、構成力が、本書に迫力と躍動感を与えている。

後半は打って変わって、千葉県議会との「戦い」を徹底的に描いている。特に反対の急先鋒となったのが、議会の7割を占め、革新系の堂本知事に対して「野党」となっている自民党の議員である。彼らは条例の本質にはまるで切り込まず、難癖としかいえないような視点で条例成立を阻もうとする。1年もかけて多くの当事者や関係者を交え作り上げた条例に対し「拙速である」とし、自分たちへの根回しより先にマスコミに報道されたことに反発し、いったんは自分たちが圧力をかけて条例の中身を変えさせておきながら、質問となると「あっさり変えたのはなぜか」と臆面もなく言う。そのためこの条例は、一度は継続審議となり、一度は取り下げを半ば強要され、ほとんど骨抜きに近い改変を強いられた上で、ようやく3回目の議会で可決されることになる。違反企業の公表も、差別を訴えるための中立の第三者機関設置もなくなり、理念を宣言した前文さえ大幅に変えさせられた上で、である。本書の巻末には原案と成立後の条文が比較対象できるかたちで掲載されているが、それを見ると、千葉県議会の自民党がいかにこの条例を骨抜きにしようとし、委員会のメンバーがそれにいかに抵抗したか、その戦いの軌跡が行間に染み透っているかのようだ。

まあ、こういう旧態依然とした陰湿なマネばかりしているようでは、自民党が本当に衰退する日も遠くはあるまい。議会の機能不全が叫ばれるのも分かる気がする。こんな議会、こんな党ならないほうが良い、と思わせられる一冊でもある。また、随所に挿入される障害者への差別事例の数々には、思わず立ちすくんでしまうほどのすさまじさがある。条例があるからといってその解決が図れるわけではないだろうが、その規定が、重要なロードマップであり、メルクマールとなってくれることも確かであろう。障害者差別について、議会のあり方について、そもそも人が人として生きることについて、いろいろと考えさせられる本であった。