【310冊目】ハンナ・アレント「政治の約束」
- 作者: ハンナアレント,ジェロームコーン,Hannah Arendt,Jerome Kohn,高橋勇夫
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2008/01
- メディア: 単行本
- クリック: 15回
- この商品を含むブログ (15件) を見る
本書はアレント自身の手で出版されたものではない。本書の元となった草稿の多くは、日の目を見ることなく机の中にしまわれていたものを、編者であるジェローム・コーンが編集したものである。特に本書の中核部分といえる第6章「政治入門」は、ウルズラ・ルッツがそれに先立ってばらばらの草稿を配列し、構成したものだという。とはいえ、本書はそういった編集作業の存在をほとんど意識することなく、一連のよどみない論考として読むことができる。見事な編集手腕であるといえよう。
以前「人間の条件」を四苦八苦しながら読んだが、本書はその後段に位置する内容をもっているという。すなわち、人間の行為態様を「労働」「仕事」「活動」に分けて論じた前著に対して、本書は「活動」すなわち複数の人間の相互作用からなる行為と「政治」とを結びつけるものである。そして、個々人の内面的活動にとどまる哲学と、いわば人々の「間」で成立する「政治」を対置したうえで、政治においては「平等」と「差異」によって特徴付けられる人々の複数性が重要であると論じる。
本書の焦点となっているのは、政治とは何か、何のためにあるのか、と言う問いである。アレントは政治の「目的」と「目標」を分けた上で、大事なのは政治の目標(goal)であるという。そして、ギリシアのポリスやローマの政治を対比しつつ、そこにヨーロッパ現代政治のルーツをたどりながら、現代における政治というものの本質に迫っていく。特に、現代政治の重大なターニングポイントとなったのは「全体主義」と「原子爆弾」である。特に後者は、政治過程に本来的に含まれている暴力装置が人類全体を死滅させるまでに肥大化したことを意味するのであり、それに伴って政治そのものも再考されざるをえない。
アレントの用語法の独自性もあって、本書は決して読みやすくはない。集中して読めば論理を辿ることは不可能ではないが、少し集中力を切らすとすぐに言葉が上滑りして、その稠密で多面的な論理展開についていけなくなる。巻末の訳者解説で各章の梗概がかなり分かりやすく示されているので、それを参照しながら論理の幹を追っていくのも一手だろう。ただ、内容はどこを切ってもきわめて示唆に富む。官僚制という「匿名による支配」を論じた官僚論も重要である。