【111冊目】寺田寅彦「柿の種」
- 作者: 寺田寅彦
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1996/04/16
- メディア: 文庫
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本書に収められた随筆は大正時代から昭和10年にかけて書かれたものらしいが、それにしては、不思議と古さを感じない。むしろ、ものの見方や発想はどこか現代にも通じる要素を感じる。これまで寺田氏の随筆に触れる機会は何度かあったが、もの知らずでお恥ずかしい話だが、漠然と戦後の人だと思っていたくらいである。
寺田寅彦の随筆は独特の味わいがある。本業が物理学者であるだけあって、言葉の組み立て方がとてもかっちりとしているが、それでいてまるで息苦しくない。昔の(釘を使わない)木造建築のような、ゆるやかに組まれていて押すと揺れるが、決して外れない木組みのようである。そして、どの随筆も余韻が絶妙である。決してすべてを説明しないが、付け加えるべき何ものも存在しない。わずか2行あまりの随筆であってもそうである。著者は俳諧の名手でもあるが、まさしくこの随筆は俳諧の世界に通じるものがある。なお、本書の随筆のいくつかには俳句が付されているが、これがまたすばらしい。短い随筆をさらに濃縮した世界がわずか17文字の中に息づいている。
通して読んでから思ったのだが、寺田寅彦の随筆は通して読むものではない。本書の前書きにもあるが、ゆったりとした心持で、その時々の気分にあったものを探し、ひとつひとつを味わいながら時間をかけて読むのが本道であろう。何事にも気ぜわしい時代だからこそ、ときには心を静め、こういう極上の文章にひたるのも良いものである。