【110冊目】田窪恭治「林檎の礼拝堂」
- 作者: 田窪恭治
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 1998/10
- メディア: 単行本
- 購入: 1人 クリック: 4回
- この商品を含むブログ (9件) を見る
フランスのノルマンディー地方に500年前に建てられ、現在は使われることなく打ち捨てられた礼拝堂。一目見るなりそれに魅せられた著者は、礼拝堂を再生するため、なんと家族全員を引き連れてフランスに移住してしまう。本書は、廃墟となっていた礼拝堂と著者との出会いから、見事に復活を遂げるまで(といっても、本書終了時にはまだ礼拝堂は完成していないが)をつづった克明な記録となっている。
著者はこの礼拝堂となんの関わりがあるわけでもなく、管理する村とも無関係の、一介の日本の現代美術家にすぎない。著者を動かしているのは、この礼拝堂をよみがえらせたいという「熱意」ただそれだけである。しかし、この礼拝堂再生プロセスの凄さは、個人の強い「熱意」が、家族はもとより礼拝堂を管理する村の人々、職人さんやその他のスタッフを巻き込み、さらには資生堂の福原義春氏らの「国際企業メセナ」による協力を得て企業・個人から多額の資金を集め、2億円規模(最初は3億円だったらしいが)のプロジェクトを動かしていくそのダイナミズムである。前に紹介した福原氏の「猫と小石とディアギレフ」によると、こうした文化活動の中心には必ず「熱狂の人」がいるというが、田窪氏はまさにこの礼拝堂をめぐる「熱狂の人」であろう。
また、そういった「実務的な」苦労と並行して、「芸術家」としての田窪氏の真髄も十分にうかがうことができる。特に、本書は礼拝堂の再生プロセスと並行して書かれたものを集成しているため、ひとつの「作品」を作り出すまでの試行錯誤や思考の「過程」が、多くのデッサンや資料(それもフルカラー)とともに鮮やかに示されている。色とりどりのガラスの瓦、特徴的な尖塔の造型、壁面に大きく書かれた林檎の絵など、完成物だけでももちろんすばらしいのだが、そこに至る創造的活動の過程は、ふだん見ることのできない文化芸術活動の核心に触れるものであり、プロの芸術家による貴重な自己観察記録であるといえる。
本書には文化活動のもつさまざまな側面(伝統の保持と創造性の調和、行政とのパートナーシップ、企業メセナ、地域再生等)がぎっしりとつまっており、なおかつ豊富な写真と図版でとても読みやすい。何より、日本人芸術家の手で再生された「林檎の礼拝堂」がノルマンディーの片隅に建っているなんて、何とも嬉しいことじゃないですか。なんと巻末には礼拝堂のあるファレーズ市の観光情報まで掲載され、至れり尽くせりの一冊である。