【2280冊目】ラジ・パデル『肥満と飢餓』

 

肥満と飢餓――世界フード・ビジネスの不幸のシステム

肥満と飢餓――世界フード・ビジネスの不幸のシステム

 

 

本書はかなりヤバい本である。見たくない、見ないことにしていたリアルを容赦なく突きつけられる。だが、これが世界の現実なのだ。メディアにもフードシステムの莫大な広告料が流れ込むため、正面からの批判はなかなかできない(最近の日本のテレビでは、むしろあからさまな「応援番組」さえ目立つ)。だが、これは決して放置しておいてよい問題ではないと思う。何しろ私たちのカラダは、私たちが食べているものでできているのだから。

10億人が飢餓に苦しむ一方で、10億人が肥満に悩んでいる。なぜそんなことになったのか。なぜ多くの農民が破産や自殺に追い込まれ、なぜ有害な食品や高カロリー食品がスーパーに並び、なぜそのことをほとんどの学者やメディアが告発しないのか。著者は、その恐るべきカラクリを、ひとつひとつ具体的に明かしていく。

カギは「フードシステム」である。これは要するに「流通」のことなのであるが、生産者から食物を買い上げ、消費者に届けるところまでの一連の流れが、とことん腐り切り、堕落しているというのである。

「あなたが食品企業の重役でもないかぎり、フードシステムは、あなたのために機能していない。世界中で、農民と農場労働者たちは、政治家に黙殺され、市場にもてあそばれ、死の淵を漂っている。
 消費者は、加工食品をたらふく食わされ、中毒にさせられている。アグリビジネスの食品とマーケティングは、食に起因する病気を爆発的に増加させ、私たちの身体を害し、世界中の子どもたちの身体に時限爆弾を仕込んでいる。スーパーマーケットは、安価な高カロリー食品をたくさん取り揃えているが、そのせいで地域の経済は大打撃を受けている。私たちは、食べ物の生産現場からも、食の楽しみからも、ますます遠ざけられている」(p.352)

 

著者はフードシステムの全体像を「砂時計」になぞらえる。生産者(砂時計の一番上)と消費者(砂時計の一番下)はたくさんいる。だが、生産者と消費者をつなぐ仕入れ業者や卸業者が極端に少ないのだ。特定の企業がこの部分をがっちり握っているため、農民は彼らの言い値で食糧を売らざるを得ず、消費者は高値で買わざるを得ない。

著者はあるコーヒー農家の例を紹介する。かつてコーヒー豆の売値は1キロ69セントだったが、現在は14セントにまで買いたたかれている。買い取った仲買人は19セントで加工工場に売り、工場は5セントで加工して、2セントの輸送費をかけて輸出業者のもとに渡る。ネスレ社の買い取り額は、輸出業者の儲け1セントを加えても27セントだ。これでもかつて農家が売っていた値段の半分にも届かない。

ところがこれが、ネスレの工場に入る時点で1キロあたり1ドル64セント、そこで焙煎された後は、なんと26ドル40セントになるのである。生産業者が生きるか死ぬかのギリギリでの生活を強いられ、消費者が高い豆を買わされる中で、ただただ中間のネスレだけが肥え太っていくのである。

もちろんこれは「安く買って、高く売る」という資本主義の鉄則に従っているにすぎない。だが、こうした企業が寡占状態で市場ルートを独占しているため、健全な競争原理は働かない。しかもこうした巨大フードビジネスは政治にも影響を及ぼし、その庇護を受け、ロビイングにより政府から巨額の補助金を受けている。

この巨大企業によるボトルネックが、フードビジネスをきわめて不健全なものにしている。さらに言えば、食糧という人々の生命そのものを握る存在が、資本主義の論理のみで暴走しているのが現在の状況なのである。購買力のない貧しい10億人が飢え、一方では、一応の購買力はあるが低所得の10億人が、安価な加工食品で肥り続けるのは、フードシステムがもたらした必然的な結果なのだ。

本書には他にも、巨大企業の中でも悪辣きわまる「モンサント」の手口から、スーパーマーケットという消費者に直接影響を与える巨大企業の問題点までを幅広く取り上げている。ちなみに「日本はどうなの?」という質問に関しては、訳者の佐久間智子が「日本におけるフードシステム」という長大な解説を付しているので、一読されると良いだろう。むしろ食糧自給率の低い日本こそ、フードシステムの影響を受けやすい危険な立場に置かれていることが、これを読むとよくわかる。