自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1481冊目】坂口恭平『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』

ゼロから始める都市型狩猟採集生活

ゼロから始める都市型狩猟採集生活

う〜ん、この本はヤバイ。私のように、自分自身の中に「ホームレス願望」「失踪願望」がある人にとっては、たいへん危険な本だ。

なにしろ本書は、無職・無一文で都会の中で快適に暮らすノウハウを、図解入りで具体的に紹介しているのである。家なんて段ボールがあれば十分。衣服はもらうこともできるし、新品同様のものがいくらでも捨てられている。

食べ物だって炊き出しもあれば(本書にはなんと「台東区周辺の炊き出しスケジュール」まで掲載されている)、スーパーや居酒屋の廃棄物もある。「廃棄物」「ゴミ」と言うと抵抗感があるかもしれないが、著者に言わせればこれは「都市の幸」。「海の幸」「山の幸」ならぬ「都市の幸」を巧みに採集し、生活の糧としていく。それこそが「都市型狩猟採集生活」なのである。

本書で紹介されているホームレスのライフスタイルは、まさに極上。ダンボールハウスは気密性が高く意外に暖かいというし、アルミ缶拾いなどの「労働」はせいぜい半日程度。カセットコンロがあれば温かい食事だって食べられるし、その気になれば酒もタバコもOKだ。生活の充実という点において、いったい朝から晩まで働くサラリーマンの何割が、荒川や多摩川の河川敷で暮らす人々のクオリティを上回っているだろうか。

もちろんこういう生活を営むには、ある程度の知恵と体力とサバイバル能力が必要だ。その気になれば家族を養っていくこともできるのかもしれないが、学校のこともあるのでなかなかそうはいかないだろう。

つまりこういう生活は、当たり前だが誰でもできるものではない。さらに言えば、「都市の幸」とはつまり経済活動の余剰であって、一定の生産者と消費者がいないと手に入れることはできない。都市に生きる全員がホームレスになるわけにはいかないのである。

もちろん誰もがホームレスになりたがるわけではない……というか、私のようにリアルな実感として「なりたい」と思える人は、むしろ少数派だろう。だから彼らの優雅な暮らしが成り立つワケだ。

一方でホームレスは、「都市の幸」で生活することで、実はトータルではゴミの減量に協力し、生産と消費の余剰を縮小する役割を果たしていることになる。

自然界でもこうした「おこぼれ」で生きる生物がいて、自然の循環サイクルを助けていることがあるが、なんだか本書を読んでいると、ホームレスは都市という人工環境の循環を助けているように思えてくる。そういう意味では、都市というのもひとつの生態系であるのだなあ、と再認識させられた。

自殺なんかするくらいならホームレスになればいい。ブラック会社で心身をすり減らして働き、心が壊されるくらいなら、その前に逃げてしまえばいい。都市にはそういう人を受け入れる余地は、まだまだありそうだ。そう考えるだけでも、なんだか心に風穴が空く。勝手に感じている閉塞感の向こう側にあるものが見えてくる。

社会の中で暮らすのは大事なことだが、そこで暮らせなくなったからといって、絶望することはない。その外側には、もうひとつの都市、もうひとつの社会があなたを待っているのだから。