自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1618冊目】井手英策編『雇用連帯社会』

雇用連帯社会――脱土建国家の公共事業

雇用連帯社会――脱土建国家の公共事業

編者を含め、7人の若手研究者による「公共」と「公共事業」をめぐる論考集。いずれも粒揃いの内容で、この手の本としては非常にクオリティの高い一冊となっている。

全体を貫くテーマははっきりしている。「土建国家」以後の国家像、社会像を、公共事業のあり方を含めてデザインする、というものだ。単なるアンチ公共事業ではなく、財政、産業、雇用等をひっくるめて、社会全体のあり方に立ち戻って多角的に捉え直す姿勢に好感が持てる。

特に第1章や第6章で道路や橋梁などインフラの「高齢化」に触れているあたりは、その後の笹子トンネル崩落事故を予見しているとも思え、今から見れば非常に重要な指摘となっている。ちなみに私が一番びっくりしたのは、自治体によって土木技術者数にかなりの違いがあり、村では実に半数以上が「技術者ゼロ」であるという調査結果だった。確かに総職員数が限られている中で土木プロパーの職員を雇うのは大変だろうが、これでは施設の維持や修繕を的確に行うことは難しい。

冒頭にも書いたが、本書は「公共事業」を悪者扱いする本ではない。むしろ、これまでの公共事業依存型の経済構造を所与のものとした上で、そうした実態を今後どうしていくのか、といった面を具体的に検討しており、きわめてリアリスティックな姿勢が一貫している。

維持管理型の公共事業へのシフト、林業福祉業界への転業支援など、本書が提示する「メニュー」はいろいろあるが、なかでなるほど、と思えたのは、建設業の地域密着性、社会的企業としての側面を指摘するくだり(第4章)だ。

「このように、地元に根を下ろした地方の中小建設業は、福祉のような生活密着型産業への進出が有望視される存在でもある。今後、建設業は組織ドメインを「建設業」という物理的定義から「地域社会経済の基盤整備」といった機能的定義に変えることによって、ポスト土建国家にふさわしい役割を見出すことができるだろう」(p.146)


ただ、土木建設業に関連して難しいのは、除雪や災害時の重機活用などの半公共的役割が期待されているため、単に業種転換すればよい、というものでもないという点だ。いわば土木建築業は、単なる産業ではなく、危機管理も含めて地域の公共資源という側面を持っているのだ。土木建設業は、こうした面も含めて捉え直し、必要な支援のあり方を考える必要がある。例えば完全な転業ではなく「半土木・半福祉」のような、兼業農家ならぬ兼業土木業はどうだろうか。公共事業の重点が維持管理にシフトしていくなら、そうしたあり方も十分考えられるように思う。

それにしても、本書を読んで思ったのだが、「公共事業」とは不思議な言葉である。「公共」に属する事業には、ハード面のみならずソフト面も含めいろいろあるはずで、例えば教育とか保育、福祉も「公共事業」と呼んでもいいはずだ。だが実際には、少なくとも戦後の日本では、公共事業といえばイコール土木事業。まさに土木工事としての公共事業が財の分配機能を担い、「日本型福祉社会」と呼ばれる独特の社会システムの重要なパートを占めてきたのだ。

だからこそ公共事業がバッシングされ、削減された後に表面化したのが、編者のいう「分配の実感なき国家」の危機(p.20)なのである。いわば代わりの支柱を用意することなく、これまで地域社会を支えてきた柱を抜いてしまったようなものだ。本書はこの危機を乗り越えるための、現実的な処方箋を提示する意欲的な一冊である。