自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【本以外】「日本画の挑戦者たち」in山種美術館

昨日から山種美術館で開催している企画展「日本画の挑戦者たち」を見てきた。

 

f:id:hachiro86:20180806140647j:plain

 

かの岡倉天心東京美術学校を辞職、乾坤一擲で立ち上げた「日本美術院」の創立120年記念とのこと。横山大観菱田春草速水御舟など、日本画の新たな時代を切り開いた巨匠から、その流れを戦後に受け継いできた人々まで(この展覧会で言えば、片岡球子平山郁夫まで)を一望できる。これをすべて自前のコレクションで賄っているところに、山種美術館の凄みを感じる。

江戸時代以来の水墨画や浮世絵、錦絵の伝統を色濃く残した初期作品が、どんどん西洋の影響を受けて変容し、その中でも「日本画」のアイデンティティを求めて奮闘する。そんな、西洋と東洋の間に引き裂かれつつ統合を目指す逆向きのベクトルが、この時代の絵のもっとも面白いところだと感じる。

そういう意味では、初期の作品はいわゆる掛け軸等に仕立てられているのに対して、途中から西洋式の額縁の中に絵が入る、という形式上の変化も興味深い。軸装だと縦長の画面が多いのが、額縁だと横長が増えるというだけでも、絵が並んでいる全体の雰囲気が変わってくる。もちろん額縁でも縦長はあるが、掛け軸のようにずっと上のほうに月がぽっかり浮かんでいて、下の方に人物がいて、その間にはただ空間が広がる、といった形式はやはり少なくなる。一方、和式でも屏風絵だと横長になるが、こちらはまた巨大な作品が多く、額縁のように一挙に視界に入りにくいので、スケール感が全然違う。

そう考えると、この展覧会の(第一部の)ラストを飾る平山郁夫の「バビロン王城」が屏風絵だったのは象徴的。独特のオリエンタリズムと、屏風という和風の様式のコンビネーションが面白い。実はこの展覧会、もうひとつ速水御舟の「名樹散椿」という屏風絵が目玉展示となっているのだが、残念ながらこちらは後半のみの登場とのことで、見ることはかなわなかった。

印象に残った絵としては、ポスターにもなっている速水御舟の「昆虫二題」、とりわけ「粧蛾舞戯」が忘れがたい。西洋風の遠近法を取り入れつつ、さらに蛾が飛んでいく先から射してくる光が渦巻き状になっているので、見ていると蛾が実際に動いているような錯覚にとらわれる。エッシャーなどに渦巻きを利用した錯視画像があるが、まさにこの絵は錯視の原理を取り入れている。遠近法を導入するというだけでなく、さらにその先を行っているのである。この時代にこんな絵が描けること自体、信じがたい。

他に朦朧体の傑作、菱田春草の「雨後」「月下牧童」なども素晴らしいし、横山大観の安定感も捨てがたいが、妙に忘れられないのはこの時代には珍しい女性画家、小倉遊亀の「涼」と、松村公嗣の「津軽」という2つの人物画である。「涼」は老婦人を描いたシンプルな作品だが、空間の取り方の巧みさもあって、まるでそこに実際に座っているかのような厚みというかリアリティが感じられ、不思議な魅力を感じた。「津軽」は津軽地方の庶民の女性を描いているのだが、こちらは人物のどっしり、ずっしりとした存在感が圧倒的。普段は人物画より風景画に目がいくことが多いのだが、この2作からはしばらく目が離せなかった。