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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【2074冊目】大野晋・丸谷才一『光る源氏の物語』

 

光る源氏の物語〈上〉 (中公文庫)

光る源氏の物語〈上〉 (中公文庫)

 

 

 

 
源氏物語』にはどこか苦手意識がある。原文は読んでもワケがわからないし、与謝野晶子の現代語訳も、筋書きを追うのが精一杯で、物語を堪能するところまでは到底たどり着けなった。

本書はそんな『源氏物語』の醍醐味を、たっぷり味わうことのできる一冊だ。単なる解説だけではなく、重要な場面については、原文、丸谷才一による現代語訳がセットになっている。正直、私はこの対談を読んではじめて、源氏の面白さに「気づく」ことができた。それほどまでに私がふがいない読者だった、といわれれは否定はしないが、そんな私に言わせれば、それほどまでにこの対談集が絶品なのだ。

源氏物語は「書かれていない」部分が多い。特に紫式部が「隠した」のが、対談者のおふたりのいう「実事」、つまりはセックスの場面である。だいたい、男と女の関係ばかりをこれほど書きまくった物語が、その肝心な場面をことごとく「伏せて」いるというのがあやしいのだ。この「実事」という補助線を引くことで、あいまいなままになっていた登場人物の男女関係の「決め」の部分がはっきり見え、物語全体のメリハリも効いてくる。ちなみに「実事」という言い方も絶妙で、下品にならず、でも意味ありげなニュアンスは残している。このあたりはお二人の人徳というか、老練というか。

小説としての分析も面白い。だいたい冒頭近くで丸谷氏が語っているように、この物語は「近代小説」「王朝物語」「古代説話伝説」の三層構造になっているのである。だから、西洋の小説が20世紀になってから実験的にいろいろやっているようなことをすでにやっているかと思えば、王朝の文化や慣習を反映したくだりがあり、さらには古代の観念が奥底でうごめいている、というような複雑な仕立てになる。こんな小説、源氏物語以外のどこにあるだろうか。

持ち上げるばかりではない。書き方や人物造形など、痛烈な「ダメ出し」も容赦なく行われている。古典的名作だからといって神棚に奉ることなく、ひとつの作品としての批評が行われているのだ。もっとも、優れている部分への絶賛もたいへんなもので、特に「若菜」「浮舟」あたりの評価は非常に高い。時系列でどんどん読んでいくため、紫式部が作家としての腕前を上げていく一方、老境に達してエネルギーが衰えてくるあたりのダイナミズムも的確にとらえられている。

ここでは取り上げないが、源氏物語に絡めて丸谷氏の文学論、大野氏の日本語論も展開されており、これがまた目からウロコが落ちまくるレベル。文庫本で上下あわせて1,000ページ近い本だが、内容は芳醇、語り口は軽妙、源氏物語の魅力をたっぷり詰め込んだ一冊だ。