【2073冊目】白川静『字書を作る』
「辞書」ではない。「字書」である。
字書に載っているのは一般的な名詞・語句ではなく、「字」すなわち漢字である。それも、ひとつひとつの字の原義に遡り、そこに込められた意味を読み解き、古来からの用例を示すというものだ。漢字が表意文字だからこそできることだろう。
そもそも漢字の原型である甲骨文字や金文には、古代人の観念や思惟がそのまま反映している。それが形を変えて漢字となり、今に残っているのである。それゆえに、漢字を読み解くことで、われわれは数千年前の人々の観念世界を知ることができる。誰かが言っていたが、漢字とは古来からの思念を運ぶ「意味の方舟」なのである。
本書に載っている例から、具体的にイメージしてみよう。「辺」という文字はもともと「邊」と書く(今でも「渡邊」という苗字がありますね)。著者によると、このうち「自」は「鼻」、「方」は架屍(つまり吊るされ、さらされた屍体)であって、「邊」は鼻を上にして屍体を置いて呪禁とするまじない、つまりは髑髏棚を意味したという。おそらく古代の人々は、辺境つまり外部との境界にこうした髑髏棚を置いて、悪しきものの侵入を防いだのだろう。こうした意味を知って初めて、「辺」という文字に込められた意味を知り、さらには当時の人々の世界観や文化慣習を知ることができるのだ。
こうした解説を拾い読むだけでも本書は愉しいのだが、読み終えてあらためて驚くのは著者がたった一人で三冊に及ぶ大部の「字書」を作り上げたということだ。しかも最初の字書である『字統』に着手したのがなんと73歳。1年でこれを仕上げ、2年後には2冊目の字書『字訓』を、最後の『字通』までには13年を要したというからものすごい。
本書はその冒頭に掲げられた文章を中心に「字書」をめぐる論考を収めた一冊。特に冒頭の「文字学の課題」は、これまでの辞書・辞典類にあきたらず単身、前人未到の領域に挑む著者の思いがにじみ出ており、胸が熱くなる一文だ。ぜひご一読を。