自治体職員の読書ノート

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【1826冊目】星野智幸『俺俺』

俺俺 (新潮文庫)

俺俺 (新潮文庫)

まず表紙が強烈だ。『俺俺』といえばこの表紙、と刻み込まれる。文庫本になっても表紙が変わらなかったのも、そのためか。ちなみにこの絵は石田徹也『燃料補給のような食事』。石田徹也という画家のこともいろいろ気になっているのだが、それはまたの機会に。

表紙の不条理感もハンパないが、小説そのものの不条理感も負けてはいない。だが、それを説明するのは難しい。いや、言葉で言うのは簡単だ。これは「「俺」がどんどん増えていく世界を描いた小説」である……しかし、これじゃ何が何だか分からないでしょ? 私もわからない。

カフカの『変身』では、グレゴール・ザムザは虫になった。だが、この小説では「俺」は俺のまま。変わるのは他者だ。他者がどんどん「俺」になるのだ。

若者の「俺」。年寄りの「俺」。女の子の「俺」もいればおばさんの「俺」も、赤ちゃんの「俺」もいる。「俺」はどんどん増殖し、「他者」がどんどん減っていく。こんな世界、悪夢の中でさえ想像したこともない。

みんなが「俺」になることには、ラクな面もある。他者が相手だと、「俺」はつねに「俺」でいなければならない。それをこの主人公は「電源をオンにする」と表現する。

「電源がオンになれば、プログラムで型どおりにしか動かず生身の俺など理解しない親という連中に関わらなければならないし、同僚と同僚らしくつきあわなければならないし、自分のキャラを立てる努力をしなくちゃならないし、自分を説明しなきゃならない。俺は絶えず俺でいなければならないのだ。生きている間じゅうずっとそんなことをしていたら気が狂うので、スイッチをオフにする必要がある。それで俺は一人の時間を大切にする。俺が俺をやめる時間に安らぐ。そのときに誰かがいたら、俺はオンでなくてはならず、俺は俺でいなくてはならず、電源の切れている時間は寝ているときだけという恐ろしい事態に陥る」(p.81)


この独白を「病んでいる」と思うか「わかる、わかる」とうなずくかが、その人にとってひとつの分水嶺だろう。そこで「わかる」と思った人に聞きたいのだが、では「他者」がいなくなり、すべてが「俺」になり、常にスイッチをオフにしていてよいとなったら、その時「自分」はどうなるのだろうか?

「俺俺」とは、つまりはそういう世界なのだ。他者が消え去り、自分だけになった時、では、自分とはいったい何なのか。そんな世界で、果たして人は「自分」を保てるものなのか。その結果はこの小説を読まれるとよい。ここで描かれている悪夢は、ある意味できわめてリアルな現代社会の寓話であることがわかるだろう。

本書の解説は中島岳志が書いている。その最後に、中島は、ある男が裁判の証言台で語ったこんな言葉を引用している。

「例えば、自分の家に帰ると、自分とそっくりな人がいて自分として生活している。家族もそれに気付かない。そこに私が帰宅して、家族からは私がニセ者として扱われてしまうような状態です」


ほとんどこの小説そのままのセリフだが、これはある人物が、ネット掲示板で自分の「なりすまし」が現れた時の心理状態を語った言葉である。その主は、加藤智大。言わずと知れた、秋葉原の無差別殺傷事件の犯人だ。

変身 (角川文庫) 秋葉原事件 加藤智大の軌跡 (朝日文庫)