自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2343冊目】河合隼雄『中年クライシス』

 

中年クライシス (朝日文芸文庫)

中年クライシス (朝日文芸文庫)

 

 

昨日取り上げた『男の作法』もそうだったが、本書も20代の頃に一度読み、その時はピンとこなかった。今読むと、まあ刺さること刺さること。やはり中年にならないと分からないことはあるものだ。

実際の臨床例ではなく、小説を取り上げて「中年」にまつわる様々なテーマを語っているのがユニークだ。ちなみに読んだことがあるのは夏目漱石『門』『道草』、安部公房砂の女』くらい。新たに気になった作品もいろいろあるが、びっくりしたのは志賀直哉の「転生」。短編小説なのだが、なんと夫婦が別々の動物に転生するという奇妙なおとぎ話なのだ。

著者の小説に対する掘り下げ方は独特だ。自身の臨床経験を重ね合わせながら、そこに描かれている人物や設定をどんどん深掘りしていく。その奥底に流れる、普遍的な「中年の危機」に到達するまで。それはまさに、著者が臨床の場で行っていることであり、ユング心理学のメソッドでもある。ユングが提唱した「元型(アーキタイプ)」とは、まさにこうした「個」の奥底にある普遍なのである。

それにしても「中年」とはいったいなんだろう。著者が書くように、かつては「人生50年」とされ、青年期の後はすぐ人生の晩年が訪れた。だが寿命が伸びるにつれて、「青年期の終わり」と「老年期の始まり」の間がどんどん開いていったのだ。新たに生まれた「人生の前半期と後半期」を、なんのつまづきも迷いもなく通り過ぎられる人は稀である。さらに、そこには思春期となった子との対峙があり、仕事では管理職になるなどの立場の転換があり、配偶者との関係もまた変わってくる。

中でもっとも刺さったのは、自己実現についてのくだり。自分で目標を立てて、そこに向かっていくことが自己実現と思っている人も多いだろう。だが著者は、漱石の『道草』を引きつつ、自己実現は道草の途中にこそあるという。

「「己のせいじゃない」としか言いようのないたくさんの道草を食わされて生きている。その細部のひとつひとつを高い視点からしっかり見つめること。「己のせいじゃない」と言いつつ、それをやっているのはやっぱり自分なのだ。自分にもわからない自分を生きることは、その自分を自己と呼ぶならば、自己実現ということになる。自己実現は到達するべき目的地なのではなく、過程なのである」(p.190)

そうそう、このくだりが、20代の時は分からなかったのだ。今ならわかる。まったくその通りである。ムダや道草、回り道にこそ人生の味があり、自分自身をそこで見つけることが多いのだ。「目的に関係ないことは断捨離せよ」などと書かれた自己啓発書なんて、うっちゃっておけばいい。

もうひとつ。本書では、ある程度パターン化されたライフサイクルのなかでの「中年期」が想定されているが、これは本書が書かれた当時の社会状況に基づくものである。ところが、現代の「中年」である私の世代はいわゆるロスジェネ世代であり、このような「一億総中流」的なライフサイクルは過去のモノになっている。今に至るまで非正規雇用を続け、結婚も出産もできず、収入もライフスタイルも20代の頃とあまり変わっていない人も多い。

とはいえ、だからといってそうした人に「中年の危機」がないということはないだろう。むしろ、著者が書いたようなパターンとは別の、もっと捉えづらく複雑なカタチで、現代の中年クライシスは起きているのかもしれない。