自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1603冊目】延藤安弘『まち再生の術語集』

まち再生の術語集 (岩波新書)

まち再生の術語集 (岩波新書)

「まち育て」に長年携わってきた著者が、44の「術語」でそのエッセンスを語った一冊。なぜ「術語」なのかと思ったら、中村雄二郎の『術語集』における「術語とはことばのなかのことば」という一文にあやかったとのこと。「心に届く言葉」を選んだ、ということらしい。それもまた「モノ・カネ・セイド」から「ヒト・クラシ・イノチ」へのパラダイム・シフトを提唱する著者に似つかわしい。

まちづくり・協働に関する本には必ず出てくるような定番のキーワードから、著者独自の造語まで、いろんな言葉が登場するが、共通しているのは、言葉が抽象的な概念だけになっていないこと。つまり、著者の実体験に根付いた「生きた言葉」ばかりなのだ。

言葉が人を惹きつけ、人を動かしていくことを、著者は心底熟知している。だから「エンパワーメント」は「縁パワーメント」に、「ファシリテーター」は「いけてる議長さん」「いけてる書記さん」に言い換えられる。「タンケン・ハッケン・ホットケン」とか「縁人(エンジン)」なんて、実にうまい。

特にすばらしいのは「頭韻要約法」だ。せっかくの話し合いの場が「それでは時間がきましたので終わります」ではもったいない。だからそこで「言葉の束ね」が必要になる。

「ワークショップのような談論風発の全員発話の場であれ、シュクシュクと進行する話し合いの場であれ、集まりの終わりにはケジメとモリアガリのある、まとめが必要です。「今日は全体としてこんな成果があった」「私の発言はこう位置づけられた」「次からこの方向でやってみよう」等、参加者たちの相互理解を分かちあうことが必要です。具体的には、会議・ワークショップでテーマの掘り下げと発展につながる言葉を生け捕りし、キーワードとして束ねること。その複数のキーワードを横書きにしたうえで縦に串刺しして、冠折句のように頭文字を拾って読んでいくと現れるもうひとつの縦のキーワードを設定する。これを頭韻要約法と呼んでいます。キーワードをリズミカルに束ね、頭韻を与えることによって、人々の記憶にとどめるのです」(p.104)


具体的には、本書の例でいえば「いきのいいまちのタカラを生かし、人々が気分よくすごせるみんなの居場所を創り育もう」「喜ばしい市民参加とは、つぶやきの響き合う場づくりへ」「食べることや伝統芸能を活かすコンパクトな性能のよい文化ホールづくりへ」「分散か集約か、まちの元気を呼びさます観点から知恵を分かち合おう」「輝くカチあるものをカタチにし、人を育む仕掛けを」「総じてつぶやきの中の輝く言葉を発見し意味づけるファシリテーターをまきこもう」「ぞうっとするようなトラブルをエネルギーに変えよう」で、アタマの文字を拾っていくと「いよしぶんかそうぞう」になる(つまりこれは伊予市でのワークショップだったんですね)。

ちょっと無理やりな感じのものもあるが、でもこのやり方は、絶妙だ。なんといっても遊びごころがあり、その「遊び」の中にそれまでの話し合いの成果がみごとに束ねられ、ひとつの「成果」として目に見える(耳にも聞こえる)ものになるのだから。

本書が一貫して伝えようとしているのは、そこに住む人々がみずからその地域のことを考え、話し合い、決定していくためのプロセスとノウハウだ。それは「東京のコンサル」がその地域の基本構想を決めるような、外部の人任せの「まちづくり」から、住民自らが自分たちのまちをつくり、育てる方向への転換でもある。そのためには、地域住民はもちろん、われわれ行政関係者自身の意識転換が不可欠だ。

そのために大事なのは「聴く耳をもつ」ことだと著者は言う(p.168)。具体的には、まずは「住民の話し合い、つぶやきを聞く場に参加しようという態度」。次に「その場で語られる内容に共感するセンサーの持ち主であること」。そのためには「制度知」ではなく「生活知」への信頼と感性が必要だ。そして「多様な発言全体に潜在する課題の解決にむけて、重要なポイントを筋立てること」。最後に「住民の生活知からくみ上げたこの筋立てを、行政の制度知に翻訳し、意味づけ、理論化すること」。

この流れは非常に重要だ。協働ということがよく言われるが、協働の中で行政に求められているのは、おそらくまさにこのことなのだと思う。いきなり「制度知」を押し付けるのではなく「生活知」を「制度知」に翻訳することが行政の役割なのだ。行政にとっての「住民自治」とは、本来はこういうことを言うのではなかろうか。

こうして展開されているさまざまな取り組みは、非常にユニークで、地に足がついており、しかもめっぽう「楽しそう」なものばかり。そして、そこでは本来の意味での「遊び」があり、その奥には地域と住民をつなぐ「物語」が共有されている。

本気で「まち」に関わりたい自治体職員にとっては、本書はヒントに満ちた楽しい道具箱みたいな一冊だ。さあ、まずは「タンケン・ハッケン・ホットケン」から、始めてみようか。

術語集―気になることば (岩波新書)