自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1602冊目】領家高子『なつ 樋口一葉奇跡の日々』

なつ──樋口一葉 奇跡の日々

なつ──樋口一葉 奇跡の日々

「奇跡の14カ月」と呼ばれる。わずか24歳でこの世を去った樋口一葉は、その名作・傑作のほとんどを、わずか14カ月の間に書いたのだ。「にごりえ」「たけくらべ」「十三夜」……本書はその「奇跡の日々」の一葉の姿を、一葉自身の日記をもとに描き出した。

小説というよりは評伝文学に近い。解説調が多いのは童門冬二あたりにも似ているが、それよりずっと叙情的だ。もっとも、叙情がいささか勝ち過ぎて、一葉のライフ・ヒストリーをある程度知らないと読みづらい。一葉ファンが本書のターゲットなのだろうか。

勝手に孤高の作家と思いこんでいたので、同時代の作家や文化人との交流が多かったのは意外だった。私が知っていたのはせいぜい半井桃水との(いささか色恋じみた)師弟関係くらいだったが、本書を読むと、他にも当時の文人や出版人とかなり幅広い付き合いがあったことが分かる。特に馬場胡蝶との「関係」はけっこうびっくり。これは半井桃水以上なのではないか。

直接接点が少なかった人にまで広げると、森鴎外島崎藤村北村透谷など錚々たる人物が並ぶ。特に幸田露伴はなんと本書のラスト近く、一葉を訪ねて「合作」の申し出をしていて、これには仰天。どこまで事実でどこまでが脚色なのか分からないが、ホントにこの話が実現していたら明治文学史上最強のドリーム・タッグだろう(露伴と一葉の合作なのか、鴎外・緑雨・露伴の「めざまし草」3人との合作なのかちょっと判然としなかったが、どっちにしてもスゴイ)。

残念ながら、露伴がその申し出をした時には、一葉の時間はあまり残されていなかった。これほどの才能がわずか24歳で失われたことを思うと、今さらながら愕然とする。だがもっと痛切なのは、一葉が文芸に手を染めたのは生活費を稼ぐためだった、という事実である。父を早くに亡くした樋口家は貧窮にあえぎ、一葉は若き家長として商売や相場にも手を出していたがうまくいかず、筆一本で家計を支える決意をした。苦労と貧困が一葉の死を早めると同時に、その鮮烈な才能を否応なく絞り出したのかと思うと、なんだかやりきれなくなる。

彗星のように登場した天才作家「一葉」と、樋口家を支えるおきゃんでしっかり者の「夏子」のコントラストも面白い。冒頭に書いたようにいささか捉えづらい面もあるが、一葉ファンならそれなりに楽しめる一冊であろう。「一葉って誰? 五千円札の人?」くらいの認識の方には、まずは日本文芸史上屈指の名作『たけくらべ』『にごりえ』『十三夜』をじっくり読まれることをオススメしたい。

にごりえ・たけくらべ (新潮文庫) 大つごもり・十三夜 (岩波文庫 緑 25-2)