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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1398冊目】田村秀『B級グルメが地方を救う』

地域・公共・共同体

B級グルメが地方を救う  (集英社新書)

B級グルメが地方を救う (集英社新書)

読んでびっくり。B級グルメの世界って、こんなにスゴイことになっていたのか。

餃子、トンカツ、やきとり、おでん、コナモン。麺だけでも焼きそば、うどん、ラーメンに冷麺。「讃岐うどん」「盛岡冷麺」などB級というにはかなり年季の入ったものから「富士宮焼きそば」「厚木シロコロ・ホルモン」などこれぞB級といえるメニュー、さらには金沢のハントンライス、龍ヶ崎のまいんコロッケ、下呂市のトマト丼などほとんど聞いたことのないものまで、まあよくぞここまで集めたもの、そしてここまで食べ歩いたもの、と感心させられた。

写真が白黒なのはちょい惜しいが、グルメ雑誌も顔負けの熱気のこもったレビューは、読んでいるだけでヨダレが垂れそうになる。なんといっても、かしこまった「郷土料理」にはないお気楽さと、その分本能にダイレクトに訴えかける「食べたい!」という刺激はB級ならではだ。

だいたい「ローカルフード」なんていわずに「B級」とあえて言うところが、誰が考えたか知らないが絶妙のセンスを感じる。自己卑下に陥らないギリギリのところで気取らないローカリズムを発信し、同時に遊び心と「なんでもあり」の自由さを確保している。こういうネーミングセンスは、簡単にみえてなかなか真似できない。

B級グルメの歴史もおもしろい。現在のB級グルメのルーツとなっている料理は、戦前から伝わるものが一部あるが、大半は戦後〜1960年代に生まれているという。ところがオイルショックのあった1970年代にはほとんど生まれておらず、完全にゼロになるのが「失われた10年」である1990年代。21世紀になって出てきたものは、むしろB級グルメブームに乗っかろうと意図的につくり出されたメニューである。

高度成長期に各地で生まれたB級グルメが1970年代から下火になった理由を、著者は「物質的な豊かさを手に入れ、西欧型のライフスタイルが定着しつつあったこの時期には、B級グルメを開発しようという意欲は失せてしまったのかもしれない」(p.144)と分析しているが、私はむしろ、当時の日本が高度成長のおこぼれを地方に還流させようとした結果、どんどん地方の個性を失って「東京化」していったのがこの時代であったのではないかと思う(ちなみに田中角栄の『日本列島改造論』刊行は1972年である。平仄は合う)。地方の独自色なんて「田舎っぽいもの」「恥ずかしいもの」程度にしか考えられなかった時代である。

そう考えると、現在のB級グルメブームは、地方の個性や特色が残っていた最後の時代に誕生したローカルフードが、東京一極集中が行き詰ったこの平成の世に、ギリギリのタイミングで奇跡的にリバイバルしたものと言ってよいのかもしれない。一度は失われた地方独自の食習慣が、衰退する地方を救う起爆剤となっているのは、考えてみれば皮肉な話である。

おもしろいのはそれが伝統芸能や工芸品などではなく「食べ物」である、というところ。いや、これについては古くから言い古された次の言葉が、すべてを語っているとみるべきなのかもしれない。

「花よりだんご」