読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1226冊目】フランツ・カフカ『訴訟』

謎・恐怖・幻想

訴訟 (光文社古典新訳文庫)

訴訟 (光文社古典新訳文庫)

これまで『審判』という題で邦訳されていたカフカの長編。銀行員のヨーゼフ・Kがいきなりわけもわからず逮捕され、「訴訟」に巻き込まれるというイントロは有名だが、だからといって「無実の罪で逮捕されて理不尽な審判を受けて……」みたいな、日本でいえば痴漢冤罪のような筋書きだと思っていると(私は読む前にはそう思っていた)、びっくりする。

そもそもKは、逮捕する、とは言われるものの、別に牢屋に入るわけでもなんでもなく、ふつうに日常生活が送れるのである。迫害を受けるどころか、むしろK自身が、この逮捕や訴訟の正体を突き止めようと動き回り、やたらにアクティブなのである。その上、Kを裁くはずの法廷は、どういうわけか迷路みたいな集合住宅の屋根裏にあって、行きたくたっておいそれとはたどりつけない。それでいて、オフィスの近くでいきなりKの監視人たちが鞭打ちを受けているところに遭遇したり、そのへんの画家が妙に裁判所に通じていたりする。とにかく、ヘンなのだ。

何の伏線も予告もなく、「終わり」と題した章のラストで、Kがいきなり殺されてしまうのもよくわからない。しかも、そこでこの小説は終わりかと思いきや、話につながりのないバラバラの章が「断片」として後に続いている。まあこのへんは、カフカ自身がこの小説を未完のままにしていたことをはじめ、いろいろややこしい事情(解説で詳しく書かれている)があるのだが、そういう事情は抜きにしても、この終わり方(というか終わらなさ加減)がいかにもカフカっぽい。

そんなこんなで読み終わって、実にすっきりしない気持ちになりつつ、このわけのわからなさをどう表現しようか……と思って解説に進むと、なんとどんぴしゃりのフレーズがあった。「点描画は、近くで見ると点の集まりでしかないが、引いて見ると全体が像を結ぶ。点描画とは逆に、カフカの作品は、細部ではクリアな像を結ぶが、全体の意味は「?」となる」(p.407)

そうそう、それが言いたかったのよ、と叫びたいくらいの納得感。まさにそのとおりなのだ。個々の描写はじつに明晰で、しかも細部になればなるほど妙にリアリティがあったりする。じっさい、Kの心象風景とか、出てくる人々の動作の癖などの描写は、やたらに細かい。そのくせ「この小説はいったい何を書こうとしているんだろう」とか「要するに訴訟って何だったんだろう」なんて考えはじめると、とたんにわけが分からなくなるのだ。まったく、ヘンな小説である。

カフカの小説は、不条理であるとよく言われる。しかしそれは、登場人物にとっての不条理であると同時に、読み手にとっての不条理である。その向こうにあるのは、あるいは世界の構造そのものの不条理性か。しかもその不条理は、明快な訳文のせいもあろうが、陰鬱でよどんだものではなく、案外ユーモラスで乾いているのである。そういえば、最近なんだか静かなカフカ・ブームらしい。「カフカ本」がなんでそんなにもてはやされるのか、なんだかよくわからないが、それはともかく、そこではこの乾いた不条理性は、どんなふうに受け取られているんだろうか。