自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1115冊目】西村佳哲『自分の仕事をつくる』

自分の仕事をつくる (ちくま文庫)

自分の仕事をつくる (ちくま文庫)

さて、この間、ラフォルグの『怠ける権利』を読んで「働かなくてもいいんだ!」と思ったばかりなのだが、今の制度のもとでは、とりあえずは働かなければ食っていけないのもまた事実。

だったらどういう仕事なら良いんだろうか、ということになるワケだが、本書はそんな「あるべき仕事」「理想の仕事」に対する著者なりのメッセージを具体的に示した一冊だ。八木保や柳宗理、宮田識のデザイン。パタゴニアやヨーガン・レール、ファイン・モールドや馬場浩史のモノづくり。小林弘人の雑誌づくり。甲田幹夫のパンづくり……。

そこにあるのは、機械化と効率化、大量生産の流れから180度背を向けた働き方。……ということは、ラフォルグが問題視した産業革命以降の働き方より「前」の仕事のやり方ばかりなのだ。産業革命から数百年を経て、われわれの仕事のやり方というのは一部先祖がえりしているのかもしれない。

本書で取り上げられている方々のほとんどは、とても小規模なグループで事業を行っている。そして、自分たちのできる範囲、ある程度の水準が保てる範囲に仕事を限り、いわば身の丈の範囲で仕事を回している。一つのカップのデザイン、一つの椅子の制作に数カ月から1年をかけるような仕事は、いま市場を席巻している大手メーカーからみたらおそろしく非効率だろう。だがそこには、仕事というものに対する「適正なサイズ」の存在を感じる。彼らの仕事は、どれも機械によってむりやり拡張されているところがない「ライト・サイズ」なのだ。あるいは、スロー・フードとかスロー・ライフなどとよくいわれるが、それにならって言えば、こうした働き方は「スロー・ワーク」というべきなのかもしれない。

その向こうにあるのは、分業化されている社会へのアンチテーゼである。著者は言う。

「……自らの仕事を外に託して人生を空洞化させている私と、そこから切り出されたどこかの誰かのための仕事をこなしている私は、同一人物だ。蛇が自分の尻尾をくわえているようなこの堂々めぐりは、一体何なのだろう」

もちろん、分業の一翼を担うこと自体がすべて悪いというのではない。問題はほかにある。著者によれば、目の前の仕事を「自分の仕事」にせず、「他人の仕事」にしてしまっていることがそもそものマチガイなのだという。

思えばわたしたちは、日々の仕事でいろいろと自分に「言い訳」をしている。自治体職員で言うなら、国が悪い、法律が悪い、制度が悪い、上司が悪い、予算をつけてくれない予算担当が悪い、頭の固い法規担当が悪い、仕事のできない同僚が悪い、そしてワケのわからないことを言う住民が悪い……。だがそんな言い訳をしながら今の仕事にしがみつくことは、著者の言葉を借りれば「自分を切り売りしていること」だ。何を売っているのか。「時間」である。そして、時間とはわたしたちの「いのち」そのものだ。そんなことをするくらいなら、自分で自分の仕事をつくるべきだと著者は言うのである。

そんなのは理想論の絵空事だと、言うのはたやすい。簡単に今の仕事を辞められるわけはない。次の仕事が見つかる保証はあるのか、生活を安定させられる保証はあるのか……。この「保証」という考え方にも問題はあるのだが、まあそれはともかく、今いる現場で「仕事をつくる」ことだって、できないわけではない。

本書で紹介されているリクルートの『モチベーション・リソース革命』という冊子には、あるスーパーのレジ打ちの女性のことが書いてあるという。その女性はいつも来るお客さんに「今日は○○ですか」などと声をかけたり、お年寄りには持ちやすいように袋を二つに分けてあげたりしているうちに、だんだん親しい挨拶や感謝の言葉をかけてもらうようになり、ついには隣のレジががら空きなのに自分のレジにはお客さんが並ぶまでになったという。この女性は、レジ打ちという枠組みの中で「自分の仕事をつくった」のだ。

だから、周りの文句ばっかり言っていてもしょうがない。それより、どうせ仕事をするのなら、どんな場所でも、それなりの「自分の仕事」をつくるべきなのだ。他人の仕事のために自分を切り売りするのではなく、目の前の仕事を「自分の仕事」にするべきなのだ。それが自分自身の充実にもつながるし、結果としていわゆる「成果」にもつながってくるはずだ。もちろん、どんなにがんばってもそうはならない仕事もあるだろう。その時、それでもそこにとどまって自分の切り売りを続けるか、それとも離職して、収入は下がったとしても「あるべき仕事」をほかにつくり出すか……それはその人の決断であり、人生の選択だ。選択のその先にあるものを見たい方は、本書を手に取るとよい。何らかのヒントが得られることと思う。

怠ける権利 (平凡社ライブラリー)