自治体職員の読書ノート

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【956冊目】桐野夏生『メタボラ』

メタボラ(上) (朝日文庫)

メタボラ(上) (朝日文庫)

メタボラ(下) (朝日文庫)

メタボラ(下) (朝日文庫)

真夜中の沖縄のジャングルで出会った、二人の青年。記憶喪失の「ギンジ」と、お調子者の「昭光」が社会の再底辺でたどった軌跡。

派遣労働の悲惨さを描いたとか、ワーキングプア問題を取り上げたとか、はたまた沖縄問題をテーマにしたとか、いろいろ言われている。確かにそうした要素は登場するが、そうした「テーマ」自体は、この小説では全然大きな顔をしていない。著者の視線は、徹底して、当事者である若者の位置にある。それは地べたをはいずり、自分自身の中にある泥のような葛藤を見据え、もがき苦しむ視線である。

特に記憶喪失者として登場する「ギンジ」の存在感が圧巻。記憶がないことに悩み、鬱屈する一方で、ひとたび記憶が蘇れば、そのあまりの重さと悲惨さに打ちのめされる。「記憶を失った後の自分」と「記憶を失う前の自分」のせめぎ合いの中で彼が出した答えは、人が「過去と向き合い、現在を生きる」ことの、とてつもない意味と重さを改めて認識させてくれる。

小説としてのバランスは、良いとはいえない。「ギンジ」と「昭光」の視線が交互に登場するが、後半は圧倒的に「ギンジ」が主役になり、その忘れられていた過去の記憶も、あまりに悲惨ですさまじく、メインのストーリーを食いかけている。やっとこさ二人が再開するラストも、やや取ってつけたような感じがしてならない。

しかし、そんなことが気にならないほど、この小説は読み手を圧倒的な「力」でその内部に引きずり込む。二人の青年のボロボロの人生が、沖縄の強烈な日差しと美しい海辺とのコントラストも鮮やかに、徹底的に濃密なディテールで語られる。石材店での仕事、「安楽ハウス」なるゲストハウスでの生活、ホストクラブの世界など、そのリアリティはハンパじゃない。そしてそれが、どんな評論やルポルタージュよりも鮮烈に、彼らの暗い未来と、肌にべったり貼りつくような絶望を感じさせる。

そもそも桐野夏生にハマったのは『OUT』がキッカケだった。もう10年くらい前になる。平凡でみじめな生活や仕事に隠れているひとつひとつの襞を広げ、拡大して見せつけるような描写力と、ぞっとするほど鋭い心理洞察に背筋が震えた。その後、「ミロ」シリーズ、『光源』『柔らかな頬』『残虐記』『グロテスク』『魂萌え!』と読み進んだあたりで少々足が止まっていたのだが、久し振りに読んだ本書もまた、期待を裏切らない出来。桐野夏生健在、となんだか嬉しくなってしまった。

構成がキレイ、起承転結がきちんと決まっているなど、何ほどのこともない。そんなことをものともせず突き進むエネルギーと、とことんまで描き切る細部のディテール。それこそ小説のチカラであり、物語のチカラなのだと、改めて思いだした。