自治体職員の読書ノート

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【913冊目】宮部みゆき『孤宿の人』

孤宿の人〈上〉 (新潮文庫)

孤宿の人〈上〉 (新潮文庫)

孤宿の人〈下〉 (新潮文庫)

孤宿の人〈下〉 (新潮文庫)

江戸時代の四国の小藩をまるごと描くスケール感と、細部への丁寧で暖かい視点。絶妙のバランス感と、長編ながら一気に読ませる「語りの業」で酔わせる、長編時代ミステリ小説。

物語の軸になっている幼い少女「ほう」は、ろくな教育もうけず小さい頃から虐げられ、読み書きも算術もままならない。「ほうは『阿呆』の呆」と言われ、さんざんにこき使われ、踏みつけにされ、捨てられてきた短い人生。そんな不遇な子供を書かせると、さすがに宮部みゆきはべらぼうにうまい。ちょっとした心の動きやしぐさから、おどおどして自信がなく、人に「阿呆」と呼ばれ慣れてしまっている少女の内面が見事に照らし出される。

そうした人物描写は、ほうのいわば「相方」となる宇佐や藩医の井上父子、町役人の渡部などにも及んでおり、どの人物にもしっかりと奥行きや陰影が与えられている。そして、そうした人々を通して描き出されているのは、讃岐の「丸海藩」という小藩であり、丸海の町そのものであり、そこにいる民衆そのものの姿。

思えば、宮部みゆきの小説で、ひとつの藩や町全体、つまり「場所」そのものがここまで小説の「対象」となったことは、今まであまりなかったのではなかろうか。これまではわりと、ミクロの人間関係や人物描写がメインの作品が多かったように思う。もちろん、本書でもそうした細部のディテールはしっかり詰まっているのだが、それに加えて、場所そのもの、地域そのものをとらえるスケール感のようなものがこの小説からは感じられた。

とはいえ、筋書き自体はそれほど複雑ではない。登場人物も多すぎず少なすぎずで、読みながらその構図がすっと頭に入ってくる。おどろおどろしい前振りはあるものの、ミステリ的要素はそれほど強くない。むしろ長編時代小説として、ゆったりとした気持ちで「丸海藩」の世界観を愉しむくらいの気持ちで読んだ方が良いかもしれない。なお、個人的には「宇佐」をめぐる結末の付け方にはちょっと疑問。まあ、前に読んだ『英雄の書』のていたらくに比べると、こちらは最後までしっかりと楽しめた。満足、満足。