自治体職員の読書ノート

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【829冊目】半藤一利『幕末史』

幕末史

幕末史

幕末史はわかりにくい。ずっと苦手意識があった。

明治維新がそのゴールであると考えても、では登場人物の誰もがそのゴールに向かっていたかというと、そうでもない(戦国時代とは違う)。むしろ「国のすがた」をめぐっていろんな目標や理想が入り乱れ、しかもそれが、それぞれの中でちょっとずつ変わってくる。尊王と幕府の対立も一筋縄ではなく、内側が何重にもねじれている。攘夷と開国のぶつかりあいはまだしもわかりやすいが、それでも、攘夷を謳っていた連中がなぜ開国に転じたのか、そのターニングポイントがなかなか見えなかった。黒船によって幕を開けたはずの幕末が、後半では諸外国をほとんど無視して内部抗争になってしまうのもよくわからない。

大河ドラマでまたぞろブームとなっている坂本竜馬をはじめ、吉田松陰西郷隆盛高杉晋作勝海舟、「新撰組」などなど、やたらに登場人物が派手なのも目を眩ませる。彼らをヒーローに持ち上げすぎると、その裏側に動いている幕府や朝廷の動向が見えにくくなってしまう。しかし、実際に歴史を動かしていたプロセスの大半は、むしろ後者のほうにあったと見るべきであろう。

興味はあったがなかなか入り口がつかめなかったところに、たいへんよくできた本が登場してくれた。本書の著者、半藤一利は、以前読んだ『昭和史』でも歴史を動かす隠れたプロセスと動向を丁寧的確に取り上げていたが、その手腕は本書でもいかんなく発揮されている。しかも、実際の講義がもとになっているだけに、大変わかりやすい。もちろん幕末史の「オモテ」を飾る見せ場の数々もしっかりと紹介し、複雑極まりない幕末史を、ひとつひとつの事象の積み重ねとして構成してくれている。

本書は一言で言うと「反薩長史観」である。これまでの幕末史の多くは、維新の「勝ち組」である薩摩藩長州藩の視点から描かれるものが多かった。ついでに言えば、薩長中心主義はそのまま軍部に引き継がれ、太平洋戦争下でも幅を利かせていた。日本のナショナリズム軍国主義を解読するキータームのひとつが「薩長」であることが、本書を読むとよくわかる。その点、本書はこれまで支配的だった薩長史観を一つ一つ点検し、くつがえし、批判すべきものは批判する。それによって、かえってあのわかりにくかった幕末史の本質が見えてくるのは、思えば皮肉な話だ。

幕末における日本の「過誤」は、そのまま日本近代を引きずり続け、それが地続きで太平洋戦争まで(ひょっとしたら現代まで)つながっている。そのことがおそらく、著者の問題意識の核心にあるのではないか。ノモンハン終戦の日など、昭和史前半の激動を綴ってきた著者が幕末史を書く意味は、そのあたりにあるように思う。