自治体職員の読書ノート

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【725冊目】ロジェ・カイヨワ『反対称』

とても短い本だが、書かれていることは非常に重要。わずかな文章の中に、思考のエッセンスが凝縮されている。そして、思考の範囲が広く、スピードが早い。学問の世界を縦横無尽に飛び回り、「反対称」というテーマを軸に、見事な構築物をつくりあげている。著者は「対角線の科学」として分野を超えた、しかも「もっとも遠い分野同士」を結びつける科学を提唱しているが、まさにその方法を地で行くものとなっている。

自然界の物質、特に無生物は、ある軸を中心に「対称」となっていることが多い。それに対して、生物の多くは対称ではない部分を含む。特に、いったん「対称」となったものが「あとから」崩れた結果、非対称になっているものを、著者は「反対称」と呼ぶ。したがって、反対称とは単なる対称性の欠如(無対称)ではなく、対称性が打ち破られた結果としての非対称をいう。

たとえば、人間についてみても、上下前後はもとより、外観上は対称とみえる左右も実は「反対称」である。「利き手」は多くが右であるし、内臓の配置も左右対称ではない。脳の機能も、右脳と左脳で異なることがわかっている。しかし、たとえばなぜ利き手に右が多いのか、その理由はよくわかっていない。また、特に西欧文化圏では右を左より重んずる、あるいは善きこととする文化があるが、その理由もよくわからない。

こうした生物における「反対称」は、実は生物を形成する分子のレベルでも存在するという。だが、その意味とはなにか。著者が記すところによると、「対称」が成り立っている状態は安定しており、変化が起こらない。「エントロピー増大」という熱力学の第二法則があてはまっている。それに対して、「対称」が崩れた状態では、安定が損なわれており、したがって変化が起こりうる。対称性の欠如によるバランスの崩れこそが、変化を引き起こすのである。生物の出現も、その進化も、「反対称」の結果として起こったのである。

しかし、単なる「無対称」ではなく、なぜ「反対称」が重要なのか。それは、「反対称」は、対称性の成立という均衡状態を「破って」出現するものだから、である。著者はそれを「逆エントロピー」と呼ぶ。しかも、これは偶発的なものではない。その具体的なメカニズムはあきらかではないが、対称が成立した均衡状態は、その内部に「反対称」を引き起こす動機を内在させている、ということであるように思われる。著者はこの点について、反対称は、散逸したエネルギーのうち分散・放置されているものを吸収してひとつにまとめることで、まれに全体の流れを逆にすることに成功し、逆エントロピーを実現すると書く(そのため、厳密な意味で熱力学第二法則を破るものではないとのことである)。このあたりの研究が現在どうなっているのかはわからないが、おそらく複雑系に関する研究あたりに行き着くのではないだろうか。