自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2422冊目】堀啓子『日本近代文学入門』

 

 

若手研究者によるユニークな近代文学案内。2人ずつをペアにして計6組、12人の作家を通して文学史を見ていくのだが、ペアの対比構造から近代史の本質をあぶりだしていく手際がお見事だ。

第1章で二葉亭四迷とペアになっているのが三遊亭円朝、というのがおもしろい。ここでは言文一致体の誕生が扱われているのであるが、そのきっかけとして著者は「落語」に、というより当時の傑出した落語家であった円朝に着目する。内田魯庵に「明治大正の産みたる有らゆる芸術家の最大なるものの一人」と激賞された円朝は、『怪談牡丹灯篭』などの創作落語も産み出した。そして、円朝の落語は速記によって記録され、「文字」としても読まれたのである。もちろんそれは、話し言葉をそのまま記録したものであり、ここで当時の読者は「話し言葉を読む」ことができるようになったのだ(厳密には講談等の速記はそれまでもあったようだが、爆発的に広まったのは円朝の人気あってのことだった)。つまり二葉亭四迷に先立つ言文一致体の嚆矢は、円朝の落語にあったのだ。

第2章は女流作家のはしりとして樋口一葉と同門の田辺花圃、第3章は「種本」をもとに文名を挙げた作家として尾崎紅葉泉鏡花という意外な取り合わせ(『金色夜叉』のヒントとなった本としてバーサ・M・クレーの『女より弱き者』という作品が挙げられている)が続く。面白いのは第4章で、「新聞小説」として夏目漱石黒岩涙香が比較されているところ。日本を代表する文豪である漱石新聞小説を主なフィールドにしていたのは有名だが、ずっと知名度の落ちる黒岩涙香も、すぐれた海外文学を日本にたくさん紹介した功績では漱石に見劣りしない。なんといっても『モンテ・クリスト伯』を『巌窟王』、『レ・ミゼラブル』を『ああ無情』として翻案した立役者なのである。著者はこんなふうに書いている。

漱石は近代社会における個を追求し、彼を慕った多くの弟子を中心に後代までその深遠をテーマを受け継がせていった。涙香は日本の読者を西洋文学とそれに付随する新しい世界に引き込む手法を考案し、その西洋的なロマンが昭和初期の作家たちを触発し自然主義の殻を破らせて大衆文芸を花開かせた。二人の影響は二次的、三次的なものにまで広がりを見せ、現代に至るまで純文学からコミックスなど多様なジャンルで連綿と続いているのである」(p.176)

意外な取り合わせはまだ続く。第5章では森鴎外田山花袋を対比して自然主義反自然主義という当時の二大潮流を描き、第6章では「生活第一、芸術第二」を唱え名作を生み出す傍ら文藝春秋の創刊などにも携わった菊池寛と、芸術のために自身の生命を燃やし尽くしたように若くして自殺した芥川龍之介を並べて見せる。だがこの対照的な二人は交流を持ち続けたのであり、何より菊池寛は、芥川の名を冠した文学賞を創設し、直木賞と並んで、後世の文学の発展に大きく貢献したのである。

 

 

怪談 牡丹燈籠 (岩波文庫)

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巖窟王〈上巻〉 (世界名作名訳シリーズ)

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噫無情(ああむじょう)〈前篇〉 (世界名作名訳シリーズ)

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