【2368冊目】トム・ロブ・スミス『偽りの楽園』
インスタグラムからの転載。
異様な小説だ。上下巻のうち、なんと下巻の半分くらいまでのほとんどが、主人公の母親の一人語りで占められている。しかもその母親は、スウェーデンの精神病院に入院し、そこから出てきてイギリスの我が子のもとを訪れたのだ。
明らかに妄想に満ちた母の語り。母を追ってイギリスにやってきた父と、その父を敵視する母。だが、読むうちに読者は、父と母のどちらを信じたらいいのかわからなくなる。そして全体の4分の3過ぎあたりで、ようやく主人公は、母の語る内容の真相を確かめるべく、自らスウェーデンに赴く。
疑惑に満ちた幕開けから、ショッキングな真相に至るラストまで、何を信じたらいいのかわからないまま、読者はどんどんページをめくらされることになる。「信頼できない語り手」が出てくる小説は多いが、最初から「信頼できない」ことを前面に出しつつ、さらにそこをひっくり返すのはよほどの力業だ。本書はそこをなかなかうまく決めている。極端な「語り」の長さもまた、この物語に必要だったのだと、読み終えて誰もが認識するだろう。