自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1515冊目】町山智浩『キャプテン・アメリカはなぜ死んだか』

キャプテン・アメリカはなぜ死んだか (文春文庫)

キャプテン・アメリカはなぜ死んだか (文春文庫)

アメリカってすごすぎる。そのあまりのディープさと多様さに、驚き、脱力し、そして感動する。

著者は屈指のアメリカ・ウォッチャーにして名コラムニスト。ややこしい事実関係をさらっと説明する手際の良さ、ユーモアと毒舌をちりばめつつ一気に読者を乗せるハコビの巧さ、そして鮮やかな「オチ」の付け方、どれをとってもお見事だ。ちなみに映画評論家でもあり、本書でもいろんな映画が(超有名作から超B級作まで)紹介されたり引用されている(そのうち『トラウマ映画館』もご紹介したい)。

本書はそんな町山氏が「本当のアメリカ」を紹介するコラム100本を集めた一冊。2008年刊行なので時期的には少し前のネタが多くなる(大統領でいうとブッシュがネタにされている)のだが、そのくらいのタイムラグでけし飛ぶようなレベルの面白さではないのでご安心を。なお、後日談などがある場合、しっかり注釈が付けられていて、文庫本だと2011年頃まではサポートされている。

ということでアメリカであるが、まあこの国のハバの広さがまずはハンパじゃない。金持ちはとてつもなく金持ちだし、ビンボー人はとめどなくビンボーだ。ドラッグとロックンロールとフリーセックスのヒッピーたちと、アーミッシュ全米ライフル協会とゴリゴリの福音派キリスト教徒が同居する、こんな奇妙な国は他のどこにもない。

しかもそのひとつひとつが、実は深い。17世紀で時間が止まっている「アーミッシュ」にラムシュプリンガと呼ばれる通過儀礼的イベントがあり、16歳になったアーミッシュの子どもたちがセックス&ドラッグ&ハードコア・パンクで遊び狂うなんて初めて知った。大富豪と結婚したストリッパー、アンナ・ニコル・スミスの人生はまさに「アンビリーバブル」そのものだし、日本のコギャル・ファッションが「最先端」と紹介されているのにもびっくりした。

犯罪関係もいろいろ出てくるが、すさまじいのはウェンディーズ親指混入事件。注文したチリの中に人間の指が入っていた、とウェンディーズを提訴した女性がいたのだが、実はその指は、女性の夫がバクチのカタで同僚から譲ってもらったもの。さらに女性は以前にも別のレストランに賠償を求めた「前科」があり、夫は別れた前妻との間の子への養育費を送らず、その子の社会保障番号を騙ったとして既に逮捕。指を譲った方の男は、事件が有名になってから酒場で指の欠けた手を見せびらかしてはタダ酒をねだっている(「ウェンディーズ親指事件の真相」)。まあなんというか、どうして誰も彼もここまでムチャクチャなのか。

だが、本書を読んで一番驚いたのは、アメリカのテレビ番組の「スゴさ」だった。SNSに罠を仕掛けてロリコンのオジサンを釣りだしてテレビで晒し者にしたり(テキサスの地方検事が「釣れた」こともあったらしい)、美女とオタクをカップルにして共同生活をさせ、特殊メイクで黒人を白人に、白人を黒人に変身させて現代版「王子と乞食」をやってみたり、現役大統領をアニメ化した「ブッシュちゃん」(父の日のプレゼントはイラク侵攻だそうだ)を放映したりと、そのパワーと突破力は尋常じゃない。

読むほどに、まあアメリカというのはなんちゅう国だと呆れるやら笑えるやら、なのだが、一方でこの多様性とバイタリティとパワーがうらやましくなってくるから不思議である。身に覚えのある方ならわかるだろうが、アホをやるには実はかなりの体力と精神力が必要なのだ。

安易な比較は禁物だと思うのだが、ひるがえって日本人の元気のなさはどうか。「空気を読む」ことばかりが求められ、誰が何と言おうとアホをやり抜く勇気も体力もない。テレビだって最近はすっかりおとなしく、つまらなくなってしまった(アメリカのテレビに匹敵しそうなのは以前の「電波少年」くらいだろうか)。パリス・ヒルトンの破天荒ぶりに比べると、日本の「セレブ」のなんといじましく、小さいことか。

ところでそんなアメリカも、実はなかなか厄介なことになっている。本書の表題作となっている「キャプテン・アメリカはなぜ死んだか」というコラムで紹介されている人気アメコミ「キャプテン・アメリカ」の最終回を見てみよう。

ウォーターゲート事件に失望してコスチュームを脱いだキャプテン・アメリカが「国を愛することは政府を愛することではない」と自分に言い聞かせて再びヒーローに返り咲く。一方の連邦議会は「趙人登録法」を制定、スーパーヒーローを政府の管理下に置こうとする。「これはアメリカの国是である自由の侵害だ!」と叫んで政府に抵抗するキャプテンは反政府活動家として逮捕され、何者かに狙撃されて死んでしまうのだ。

自由と多様性の国、アメリカで何かが起きている。思えばアラン・ムーアの『ウォッチメン』も、同じような危機感とアイロニーに貫かれたコミックだった。笑いと毒舌にくるみつつ、その底深くで起きている不気味な地殻振動もしっかり捉える。町山智浩、やはりタダモノではない。

トラウマ映画館
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