自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1514冊目】礒崎初仁『自治体政策法務講義』

自治体政策法務講義

自治体政策法務講義

ずっと前に本屋で見かけて購入したまま、ずっと積ん読になっていた一冊。常日頃から覗かせていただいているブログ「自治体法務の備忘録」さんで取り上げられていたことから、お尻を叩かれた気分で読んだ。

まず「おやっ」と思ったのが、目次。構成が類書と比べてユニークだ。大きく4部構成になっているのだが、総論の第1部はともかくとして第2部で「政策的検討」、第3部が「法的検討」となっているのである(第4部は実践論)。中身を見ると、第2部ではこないだ読んだばかりの公共政策論について詳細に論じられている。しかも要所要所で、公共政策における法の役割や考え方に関する記述が挟まっており、公共政策論と法律論、法務論がしっかりブリッジングされている。

それにしても、政策法務のテキストでここまで政策論に踏み込むのは珍しい。むしろ今までの本の場合、政策自体の形成過程は前提であり、それをどう条例に落とし込んでいくかを論じるものが多かったように思う。残念ながら、「地方分権の時代だから自治体自らが頭を使え」とハッパをかける割に、具体的にどのように政策を生み出すのか、そもそもすぐれた政策とは何か、といった大前提の議論が抜け落ちているものも少なくなかった。

本書はそこがしっかりと書き込まれているから、そこから政策手段の選択、条例立案というふうに、話がすらすらと流れていく。ちなみに政策と法の関係についても「法(行政法規)の内容はある政策の中核的な内容を定め、これを公式に確定させて社会に示すものであり、政策の「公示形式」のひとつである」(p.77)という森田朗氏の学説を紹介している(他に「手段」という意味合いもあるとしている)。

このように政策と法務の「ジョイント」の部分を丁寧に論じている本って、意外とあるようで少ない。だが政策法務という「ジャンル」でもっとも分かりにくいのは、実はここのところなのである。

もっとも、この点については「政策」と「法務」の本質的な違いも影響しているのかもしれない。ちなみにこのトピックについては、本書のコラム「公共政策は「坂の上の雲」か?」が参考になる。ここで著者は薬師寺泰蔵氏の著作を引き、その中の「雲とからくり時計の論争」(p.92〜93)というくだりを紹介する。

これによると、公共政策の元になる人の営みや社会の動きは雲のようなものであり、境目も動きもなかなか予測できない。そのため公共政策自体も雲のように曖昧模糊としたところがある。ところが、一方の法律論はからくり時計のようなもので、決められた要件に事実を入れ込めば効果を導くことができる(これを「自動販売機」と称していた人もいたように思う)。

となると、政策法務というのは、雲のようなふわふわしたものとからくり時計のようにカッチリしたものを「車の両輪」にしようという、ある意味たいへん無謀な試みであることになる。著者自身も「どうりで議論がかみあわないはずだ……」と自嘲気味に書かれているが、確かに政策論と法務論って、ある意味「水と油」的なところがあるのかもしれない。

しかし、考えてみれば公共政策論にしても、実際に住民に具体的な政策=事業を適用していくにあたっては、雲のようにアイマイなままで良いワケはない。特に不特定多数の住民が相手となる場合、そこには一定の「ルール」という型枠が必要であり、いわば雲を型枠に流し込むようなことをしなければならないのだ。

そして、思うに、政策法務とはここの作業のことなのだ。型枠に流し込むことで、雲のごとき政策につきまとう微妙なニュアンスや多義性はある程度犠牲になる。切り捨てる部分はどうしても出てくる。だが、一方で法(条例)というワクにはめることで見えてくるものもあるはずだ。実際、実務でも条文にしてみることで、元々の政策自体の抜けや不具合が見つかることなど日常茶飯事。ちなみに同じことを予算ベースでやろうとするのが「政策財務」ということになるのだろう。

他にも第3部の法学サイドからの論考、第4部の実務レベルのテクニカルな面も含めた解説もよくできているが、ここでは第2部第8章の中で書かれている「条例制定の5つの原則」を最後にご紹介したい。インセンティブ重視という面からのものだが、ひとつのメルクマールとして非常に重要なポイントを衝いている。ちなみにカッコ内は私の意見。

1 市場に委ねるべき問題に介入しないこと(←何が「市場に委ねるべき問題」なのかがそもそも大問題なのだが……)

2 地域社会に委ねるべき問題に深入りしないこと(←同感。補完性の原理を口にするなら、自らも同じ原理に則るべき)

3 関係者へのインセンティブを重視すること(←これは当然)

4 官僚組織へのインセンティブを組み込むこと(←これはちょっと意外。でも大事なことです。身びいきじゃなくって)

5 地域ガバナンスの仕組みを明らかにすること(←条例を通じて地域の役割分担構造をつくってしまう)