【1493冊目】ジャン=ポール・ラクロワ『出世をしない秘訣』
- 作者: ジャン・ポール・ラクロワ,小宮山量平,アンリ・モニエ,椎名其二
- 出版社/メーカー: こぶし書房
- 発売日: 2011/09/30
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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副題?に「でくのぼう考」とある。でくのぼう、と言えば思い出すのが宮沢賢治「雨ニモマケズ」だ。
「ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ」
ところが「ワタシハナリタイ」といくら言っても、なかなか「デクノボー」でい続けることは難しい。特に出世という甘いワナは、人生の至るところに口を開けている。うかうかそんなワナにはまると、どうなるか。
「一たんそうなってからは、金は無くとも閑と友情にめぐまれつつ幸福を小川の鮒のように釣り上げていた楽しかりし日を偲んでも、もはや追っつかない。こうしたご仁は、金を儲けたり命令を発したりする機械になりはて、ハートのところには小切手帳を持ち、うちつづく社用パーティで肝臓はふくれあがり、受話器のために耳は変形し、夜もおちおち眠れぬ惨めなロボットとなってしまうのだ」(p.31)
したがって、われわれは万難を排して「出世を避け」なければならんのである。そのために著者が提案するのは「かの「立志伝中の人物」なるものの経歴を研究し、彼らを成功にかりたてた生き方を会得し、そしてまさにその正反対をこそ為す」(p.34)という方法だ。
それも大人になってから始めたのではもう遅い。子どものうちが肝心なのである。だから著者はわずか5歳の子どもに向ってこう呼びかける。「決してよい点数をとるな!」(p.38)と!……綴りはわざと間違えよ。計算は正しい答えから1を引くか足すかせよ。通信簿が悪くて家庭で叱られようとも、耐え抜くべきだ。先生や両親が「あなたを放って置いて、落伍者たるの天職を平穏の裡に全うさせてくれる」(p.45)まで。
続いて本書は「事業家にならぬためには」「いつまでも二等兵でいるには」「視学官にならぬためには」(←視学官って?)「流行作家にならぬためには」「政治家にならぬためには」「社会の寵児とならぬためには」と続き、延々と「出世をしないための秘策」について語る。
それによると、例えば事業家にならないためには「針を拾うな」(日本式の例えでいえば、主人の草履を懐に入れて温めたりしない、といったところか)「不器用たれ」「アイデアを示すな」「雇い主の娘をめとるな」「雇い主の妻と寝るな」「主人とも(!!)」との教えを守らなければならぬ。
流行作家にならないためには、パリに住まず、結婚せず、電話をもたず、秘書ももたず、必要をつくらない(これはちょっと分かりにくいが、要するに慎ましく生き、余計な見せかけや格式をもつな、ということ)。さらに社会の寵児とならないためには、タブーを穢し、失言をかまし、しかもうまい「尻蹴」をマスターしなければならないのだ!
しかし、なぜ成功しちゃならないのか。その見事な回答が、本書のラスト「おわりに」で記されている。すなわち「(なぜ成功しちゃいけないんだ」という声に対して)それは、個人としての諸君の天職を全うするためにであることに、きまっているじゃないか」(p.203)
それがこの終章のタイトルである「自分に成功すべし」ということなのだ。成功とは実に、自分自身の裡にあるものであって、外の組織や仕事やマスコミや社交会の中になんぞ、決してないものなのである……。
さて、本書を語る際に必ず言われるのが「フランス式のエスプリ」の痛烈さである。確かに、ここまで笑いの中に毒を込め、寸鉄グサリと人を刺す皮肉をかませるのは、フランス人ならではのきわどいセンスであろう。
しかし、エスプリがキツイ毒となるのは、言うまでもなく、それが笑いの中に一片の真実を含んでいるからだ。そこのところ、しっかり一本筋が通っているからこそ、本書は次々にきわどいジョークや皮肉を繰り出しつつ、決して芯がブレることはない。
そして、本書は日本人に多い滅私奉公型メンタリティの一番痛いところをピンポイントで突いてくる。この間取り上げたアーサー・ミラー『セールスマンの死』とあわせて読まれるとよい。
ところで本書の翻訳者、椎名其二は大正期にフランスでアナーキズムの洗礼を受け、帰国後はかの大杉栄の後を継いでファーブル『昆虫記』を訳した人。その訳文がまったく古びていないのはさすがだが、あえて椎名其二が訳を手掛け、安保闘争のさなかの1958年に理論社に持ち込んだ(それまでにいくつかの出版社では出版を断られたらしい)というだけでも、「それなり」の書物であることがわかるだろう。
なお本書冒頭では「序にかえて」として、理論社を立ち上げた小宮山量平氏によって、当時のいきさつが活き活きと語られているのだが、これが当時の裏話としてなかなかおもしろい。
ちなみに小宮山氏は、この文章を書いた2011年時点でなんと95歳。50年前の刊行物が新たな装いで刊行されたことへの感慨に、こちらもなんとも胸打たれるものがあった。ぜひあわせて読まれたい。
そして皆さま方が無事、窓際族人生をまっとうできますように! え、私? もちろん、本書を座右の一冊に、デクノボー目指し邁進する所存でございますよ(^^)