【1231冊目】J・G・バラード『殺す』
- 作者: J.G.バラード,James Graham Ballard,山田順子
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1998/09
- メディア: 単行本
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さっきamazonでチェックしたら、今頃文庫が出ていたのでびっくり。私が読んだのは単行本のほう。
バラードというとSFの印象が強いが、この本はどちらかというとミステリ系の雰囲気で始まる。ただし、「真相」は中盤過ぎで明かされてしまうので、謎解きメインで考えているとがっかりするかもしれない。というか、「謎」自体はかなり予想のつきやすいもの。むしろ、この「真相」をこの時代に用意した「先見性」こそが、バラードの本領といえるかもしれない(本書のオリジナルは1988年刊行)。
舞台はロンドン郊外の高級住宅地パングボーン・ヴィレッジ。ガードマンがいて、監視カメラがある、いわゆるゲーテッド・コミュニティのようなところだ。もちろんそこに住んでいるのは、上流階級のお金持ちとその家族のみ。どう考えても、血なまぐさい犯罪とは一番遠いところにあるコミュニティである。
ところがなんと、このパングボーン・ヴィレッジで、すさまじい大量殺人事件が起きるのだ。犠牲者はなんとそこに住む大人全員、家政婦やガードマンも入れて32人。しかも、13人いたはずの子供たちは、一人残らず消え失せている。捜査当局は、何者かが大人たちを皆殺しにし、子供たちを誘拐したとみて、徹底的な捜査を行う。ところが解決の見込みはまったくたたず、業を煮やしたイギリス内務省は、精神分析医グレヴィルを招くのだが……。
本書は、グレヴィルの調査日誌の体裁を取っており、グレヴィルの視点で事件の展開を追う形になっている。リアルタイムではなく、ちょっと時間を置いて「冷ました」一人称なので、ストーリー展開も妙に淡々としているのだが、それがかえって冷たい怖さを感じさせる。本書に暗示されている現代社会の病理が、異様なリアリティをもって浮かび上がってくる。
で、結局この小説でバラードが何を描きたかったかということだが、それを書いてしまうと必然的にネタバレになってしまうので、控えておく。ただ、本書の「予言性」はたいへん恐ろしいものがあり、柳下毅一郎氏の解説にもあるとおり、今の日本を含む先進諸国の姿を相当確実に先取りしているように思われる。
なお、本書の原題は”Running wild”(表紙はRunninng wildとなっているが、誤植だろうか)。いろいろ訳し方が難しいのだろうとは思うが、「殺す」という訳題は、う〜ん、なんだか、考えてみるとものすごいタイトルだ。これはこれでいいんだろうか。